最高裁の判断

 民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解すべきである。

 上記「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解すべきである。

 本件文書は,(1)本件調査担当者が本件労災事故の発生原因を究明し,同種災害の再発防止策の策定等をするために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ,金沢労働基準監督署長に対し,その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出された災害調査復命書であること,(2)災害調査復命書は,労働基準監督署長が労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断するために利用されるほか,都道府県労働局や厚生労働省において,再発防止のための各種の施策を検討するための基礎資料として利用されていること,(3)本件文書には,①「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」,「災害発生状況」,「災害発生原因」について,本件調査担当者において,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容,被告会社から提供を受けた関係資料,本件事業場内での計測,見分等に基づいて推測,評価,分析した事項が記載されているほか,②再発防止策,行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等が記載されていること,(4)上記労働者らは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示していることが認められる。

 以上に照らせば,本件文書は,①本件調査担当者が職務上知ることができた本件事業場の安全管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等の被告会社にとっての私的な情報と,②再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されているものであり,かつ,厚生労働省内において組織的に利用される内部文書であって,公表を予定していないものと認められる。そして,本件文書のうち,②の情報に係る部分は,公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであると認められ,また,①の情報に係る部分は,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであるが,これが本案事件において提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるから,①,②の情報に係る部分は,いずれも,民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるものと認められる。

 民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきである。

 本件文書のうち,②の情報に係る部分は,上記のとおり,行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されたものであり,その記載内容に照らして,これが本案事件において提出されると,行政の自由な意思決定が阻害され,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在することが明らかである。しかしながら,①の情報に係る部分は,上記のとおり,これが本案事件において提出されると,関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるものではあるが,(1)本件文書には,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容がそのまま記載されたり,引用されたりしているわけではなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,(2)調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があり,労働基準監督署長等には,事業者,労働者等に対し,必要な事項を報告させ,又は出頭を命ずる権限があり,これらに応じない者は罰金に処せられることとされていることなどにかんがみると,①の情報に係る部分が本案事件において提出されても,関係者の信頼を著しく損なうことになるということはできないし,以後調査担当者が労働災害に関する調査を行うに当たって関係者の協力を得ることが著しく困難となるということもできない。また,上記部分の提出によって災害調査復命書の記載内容に実質的な影響が生ずるとは考えられない。したがって,①の情報に係る部分が本案事件において提出されることによって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできない。

 本件文書のうち,②の情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の「その提出により(中略)公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しないとはいえないが,①の情報に係る部分はこれに該当しないというべきであるから,本件文書のうち,②の情報に係る部分については同号に基づく提出義務が認められないが,①の情報に係る部分については上記提出義務が認められなければならない。