精神障害と労災
業務による心理的負荷によって、精神障害を発症した場合、「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれらの疾病に付随する疾病」(労基法施行規則35条の別表1の2の9号)に該当するどうかが審査されます。
その審査に当たっては、「心理的負荷による精神障害等の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号)に従って行われます。令和2年6月からは、一部改正された基準(令和2年5月29日基発529第1号)に基づいて審査が行われます。
労働者が故意に傷病・死亡を発生させた場合、業務との因果関係が切断され、業務上とは認められません(労災保険法12条の2の2第1項)。しかし、業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺した場合(過労自殺)、精神障害によって、正常な認識や選択能力、自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定され、労災と認定されることになります。
ストレス脆弱性理論
労災の認定基準は、ストレス脆弱性理論を基礎としています。精神科の医師からは、科学的根拠がないと指摘されることもあります。最高裁(最高裁平成12年3月24日判決・民集54巻3号1155頁)をはじめ行政・裁判実務は、ストレス脆弱性理論を基礎にしています。
ストレス脆弱性理論によると、
①ストレスが極めて強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神障害を発症する
②個体側の脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても精神障害を発症する
ということになります。
認定基準は、一定のストレスを引き起こすと考えれる「具体的な出来事」ごとに心理的負荷の平均的な強度を示し、当該基準以上の心理的負荷により精神障害を発症した場合、それが主要な原因であると判断します。基準以下の心理的負荷で発症した場合は、個体側の脆弱性によるものと判断します。
※詳しくは、心理的負荷の評価の仕方参照
認定要件
認定基準に照らし、以下の3つの要件を満たせば、労災と認定されます。
対象となる精神障害
ICD-10の第5章「精神および行動の障害」に分類される精神障害が対象です。
もちろん、認知症・頭部外傷による障害(F0)、アルコール・薬物による障害(F1)は除外されます。典型的には、うつ病(F3)と急性ストレス反応(F4)です。
なお、会社に提出する診断書に、診断名として「うつ状態」と記載されることがよくあります。うつ状態は、症状であり診断名ではありません。したがって、労災と認定されることはありません。主治医に正しい診断名を記載してもらう必要があります。
業務による強い心理的負荷
発病前6か月間の業務による出来事について、心理的負荷の強度が「強」と判断されれば、認定要件を充足します。
「特別な出来事」があれば、心理的負荷の強度は「強」になります。
「特別な出来事」がなければ、「具体的な出来事」へのあてはめを行い、心理的負荷の強度を総合評価します。
複数の出来事がある場合に、全体として一つの出来事を評価する具体的な方法が定めれています。
※詳しくは、心理的負荷の評価の仕方参照
長時間労働の評価
長時間労働は、精神障害の発病の原因となることから、次のように評価されます。
①発病前1か月間に160時間超過の時間外労働を行った・発病前3週間に120時間超過の時間外労働を行った場合は、「特別な出来事」に該当します。すなわち、心理的負荷の強度は、「強」です。
②発病前2か月間連続して、1か月当たり120時間超過の時間外労働を行った・発病前3か月間連続して、1か月当たり100時間超過の時間外労働を行った場合、心理的負荷の強度は、「強」となります。
③月100時間程度の恒常的な時間外労働があった場合、具体的な出来事の心理的負荷が「中」・「弱」であっても、総合評価で「強」と判断されることがあります。
※詳しくは、長時間労働の精神障害の労災認定基準での取扱い参照