使用者が損害賠償を支払った場合、労災保険へ代位できるか?を判断した最高裁判決を紹介します。
三共自動車事件(最高裁平成元年4月27日判決)
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求において、労災保険からの給付は、損害賠償から控除されます。
詳しくは、以下の「労災保険と損害賠償の調整」を参照
労災保険と損害賠償の調整
労災事故の発生について、使用者に安全配慮義務違反があれば、被災労働者は会社に損害賠償請求できます。損害賠償請求に際し、受給した労災保険は、損害額から控除されます。
それでは、労災保険から給付を受ける前に、使用者が損害賠償を支払った場合、使用者は、被災労働者の代わりに労災保険へ保険給付を請求できるのでしょうか?
事案の概要
被上告人の労働者であったAは、昭和42年6月7日被上告人の本社工場においてトラクターショベル車の点検修理の業務に従事中、ショベル車のバケットを吊るワイヤーロープが切れ、バケットが同人の頭上に落下したため、脳挫傷等の傷害を受けた。
ショベル車には民法717条に規定する瑕疵があったので、Aは被上告人に対して損害賠償を求める訴えを提起したところ、その上告審において最高裁判所は、昭和52年10月25日、労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付について、使用者は、現実の給付額の限度で、同一の事由についての損害賠償の責を免れるが、いまだ現実の給付がない将来の給付額を控除すべきではないとして、労災保険法に基づき将来給付されるべき長期傷病補償給付から中間利息を控除した395万6,114円を逸失利益から控除することなく、同金額を含む損害額の賠償を命ずる判決を言い渡した。
被上告人は、昭和52年11月25日までに、判決により賠償を命じられた損害額及びこれに対する遅延損害金をAに対して支払った。
上告人は、Aに対して、労災事故に対する長期傷病補償給付及び傷病補償年金として原判決添付の一覧表のとおり既に395万6,114円を超える金員を支給した。
原審の判断
原審は、使用者が先に損害賠償を支払った場合、労災保険へ代位できるとして、被上告人の請求を一部認めました。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、損害賠償を支払った使用者が、労災保険の請求をすることはできないと判断しました。
民法422条の賠償者による代位の規定は、債権の目的たる物又は権利の価額の全部の損害賠償を受けた債権者がその債権の目的たる物又は権利を保持することにより重複して利益を得るという不当な結果が生ずることを防ぐため、賠償者が債権の目的たる物又は権利を取得することを定めるものであり、賠償者はこの物又は権利のみならず、これに代わる権利をも取得することができると解することができる。そして、同規定が不法行為による損害賠償に類推適用される場合についてみるに、賠償者が取得するのは不法行為により侵害された権利又はこれに代わる権利であると解されるところ、労災保険法に基づく保険給付は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して迅速かつ公平な保護をすること等を目的としてされるものであり、労働者が失った賃金等請求権を損害として、これを填補すること自体を目的とする損害賠償とは、制度の趣旨、目的を異にするものであるから、労災保険法に基づく給付をもって賠償された損害に代わる権利ということはできない。
したがって、労働者の業務上の災害に関して損害賠償債務を負担した使用者は、債務を履行しても、賠償された損害に対応する労災保険法に基づく給付請求権を代位取得することはできないと解することが相当である。また、労災保険法に基づく給付が損害賠償により填補されたものと同一の損害の填補に向けられる結果となる場合に、いかなる者に対して、いかなる範囲、方法で労災保険法による給付をするかは、労災保険制度に関する法令において規律すべきものであるところ、関係法令中に損害賠償債務を履行した使用者が労災保険法に基づく給付請求権を取得することを許容する規定は存しない。
被上告人の請求をいずれも棄却した一審判決を変更して被上告人の予備的請求を一部認容した原判決には、民法422条の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。