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アスベストに関する最高裁判決


建設現場におけるアスベストの使用により石綿関連疾患にり患した大工が、国や建材メーカーに損害賠償を求めた事件の最高裁判決を紹介します。

最高裁令和3年5月17日判決第一小法廷判決

 建設現場におけるアスベストの使用に関し、まず、①建設大臣が石綿関連疾患の発生防止のために労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが、国賠法上違法であることを認めました。さらに、②建材メーカーの石綿関連疾患にり患した大工に対する賠償責任を認めました。

 また、本判決では、労基法上の労働者ではない一人親方についても賠償責任が認められています。

事案の概要

 原告らは、主に神奈川県内において建設作業に従事し、石綿粉じんにばく露したことにより、石綿肺、肺がん、中皮腫等の石綿関連疾患にり患したと主張する者又はその承継人である。

 原告らが、①被告国に対し、建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために被告国が労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに、②被告建材メーカーらが、石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより、本件被災者らが上記疾患にり患したと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた。

事案の詳細

 石綿は、天然に産出される蛇紋石族及び角閃石族の繊維状けい酸塩鉱物の総称であり、クリソタイル、クロシドライト、アモサイト、アンソフィライト、トレモライト及びアクチノライトがある。石綿は、紡織性、抗張力、耐熱性等にその特長を有しており、建材等に広く使用されてきた。
我が国に輸入された石綿の約7割は建設現場で使用された。

 我が国で使用されてきた石綿含有建材には、壁や天井の内装材として用いられるスレートボード及びけい酸カルシウム板、外壁や軒天の外装材として用いられるスレート波板、屋根材として用いられる住宅屋根用化粧スレート、床材として用いられるビニール床タイル等があった。また、鉄骨造建物の工事においては、躯体となる鉄骨の耐火被覆として、石綿とセメント等の結合材を混合した吹付け材が用いられていた。そのほか、煙突や給排水管として使用される石綿セメント円筒、建物内の配管の保温のための石綿含有保温材等があった。

 建設現場において、以下の作業をする際などに、石綿含有建材から石綿粉じんが発散することがあった。

 木造建物の建築工事において、石綿含有スレートボード等の石綿含有建材を切断する際に、石綿粉じんが発散した。また、左官がモルタルを作る際に、石綿又は石綿を含有する混和剤を加えてかくはんすることにより、石綿粉じんが発散した。設備工事においても、電工や配管工が石綿を含有するボードに穴を開ける際に、石綿粉じんが発散するおそれがあった。

 鉄骨造建物の建築工事においても、上記の木造建物の場合と同様に石綿粉じんが発散することがあったほか、吹付け材の吹付け作業の際に、ノズルから放出された吹付け材の石綿粉じんが周囲に飛散することがあった。また、吹き付けられた石綿等を配線や配管のために削る際にも、石綿粉じんが発散することがあった。

 建物の増改築工事や解体工事においても、建材に含まれる石綿が粉じんとなって発散することがあった。

 このほか、工場等における配管及び機械等への石綿含有保温材の取付け及び取替え等の作業において、石綿粉じんが発散することがあった。

 建設作業従事者は、自らが行った作業により発散し、又は飛散した石綿粉じんに直接的にばく露することがあったほか、同じ建設現場で他の者が行った作業によって発散し、又は飛散した石綿粉じんに間接的にばく露することもあった。

 電動丸のこ、電動ドリル等の電動工具で建材を加工する場合、手工具で加工する場合に比して多量の粉じんが発散する。

 昭和60年頃の建設現場では、吹付け工や一部のはつり工を除き、大半の労働者は防じんマスクを着用しておらず、昭和50年頃も同様であった。

 被告建材メーカーらを含む多数の建材メーカーは、昭和50年4月1日以降、石綿含有建材を製造販売する際に、当該建材が石綿を含有しており、当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること、その危険を回避するために適切な防じんマスクを着用する必要があること等を当該建材に表示する義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行していなかった。

 石綿含有スレートボード・フレキシブル板、石綿含有スレートボード・平板及び石綿含有けい酸カルシウム板第1種(以下、これらを併せて「本件ボード三種」という。)は、一般的に、大工が直接取り扱う機会の多い建材であり、大工を主たる職種とする本件被災者らも、本件ボード三種を直接取り扱っていた。また、本件ボード三種のうち、被告エーアンドエーマテリアルらが製造販売していたものは、いずれも昭和50年4月から平成4年までの間に、相当回数にわたり、本件被災大工らが稼働する建設現場に到達して用いられていた。

 本件被災大工らは、建設現場で石綿粉じんにばく露し、石綿関連疾患にり患した。本件被災大工らのばく露量のうち、半分程度は、自分以外の者が行った作業によって発散し、又は飛散した石綿粉じんに間接的にばく露したことによるものであり、その余は、自分で石綿含有建材を取り扱ったことによって発散し、又は飛散した石綿粉じんに直接的にばく露したことによるものであった。また、本件被災大工らが石綿含有建材を直接取り扱ったことによるばく露量のうち、3分の2程度は、昭和50年4月から平成4年までの間に、本件ボード三種を取り扱ったことによるものであった。したがって、本件被災大工らが昭和50年4月から平成4年までの間に本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であった。

 ※アスベストに関する知見、アスベストの法規制については省略

原審の判断

 国の責任ついて、一部、国賠法上の違法性を認めたものの、安衛法によって保護される労働者ではないという理由で、一人親方に対する賠償責任は否定しました。また、建材メーカーの責任ついては、一部の被告について、企業の集団的寄与度に応じた割合的責任の範囲内で賠償責任を認めました。

国の責任について

 昭和50年当時、建設現場は、石綿粉じんにばく露する危険性の高い作業環境にあった。また、肺がんは石綿肺より低いばく露レベルで発症すること、中皮腫も少量のばく露で発症し得ること、石綿関連疾患はいずれも生命に関わる重篤な疾患であること及び建築業の労働者数が全労働人口の約1割を占めていることを勘案すると、当時の建設現場では、建設作業従事者に、石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていたといえる。現時点から振り返ってみると、被告国による当時の石綿粉じん対策は、不十分なものであったが、被告国は、当時、建設現場における石綿粉じんの実態を把握しておらず、建設現場において石綿粉じんにばく露することにより、建設作業従事者に広範かつ重大な危険が生じていると認識していなかった。このような被告国の認識状況を前提にすると、昭和50年の特化則の改正により、建設現場における石綿粉じんの主要発散源とされていた石綿吹付け作業を原則として禁止し、従来の呼吸用保護具の備付け義務に加えて、特定化学物質等作業主任者による作業の指揮や保護具の使用状況の監視により、呼吸用保護具の着用をより一層確保するなど、当面採り得る対策を講ずるなどした被告国の判断には、相応の合理性が認められる。これらを考慮すると、昭和55年12月31日以前の被告国の安衛法に基づく規制権限の不行使は、許容される限度を超えて著しく不合理なものとはいえず、国家賠償法1条1項の適用上違法ということはできない。

 昭和56年1月1日以降、被告国の安衛法に基づく規制権限の不行使は国家賠償法1条1項の適用上違法であり、その後も、建設現場では、石綿粉じんにばく露するおそれのある状況が継続していたから、平成7年3月31日までの間、上記の違法な状態は継続していた。被告国は、平成7年に安衛令、安衛則及び特化則を改正し、一部を除き同年4月1日から施行した。これにより、昭和56年1月1日以降継続していた被告国の安衛法に基づく規制権限の不行使による違法な状態は、解消されたというべきであり、平成7年4月1日以降、被告国の規制権限の不行使を国家賠償法1条1項の適用上違法ということはできない。

 安衛法22条、57条及び59条に基づく規制権限の保護の対象者は、安衛法2条2号において定義された労働者であり、被告国は、当該労働者と認められない者との関係では、上記規制権限を行使する職務上の法的義務を負担しない。したがって、当該労働者と認められないいわゆる一人親方及び個人事業主等との関係では、被告国の上記規制権限の不行使は違法とはならず、被告国は規制権限の不行使による責任を負わない。

建材メーカーの責任について

 民法719条1項後段は、因果関係以外の不法行為の要件を備えた複数の加害者が、いずれも、それのみで他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する結果を惹起し得る行為を行ったが、いずれの行為によって損害が発生したか不明である場合に、因果関係の立証責任を加害者側に転換して、各加害者が自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを証明しない限り、加害者らに連帯して損害賠償責任を負わせる趣旨の規定であると解される。このように、同項後段が因果関係の立証責任を転換し、これを推定する規定を設けたのは、被害者の権利又は法律上保護される利益の侵害を発生させる具体的な危険を惹起する行為をした者がある場合、経験則上それだけで行為と損害との間の因果関係を推定し得るにもかかわらず、たまたま他に同等の危険を生じさせる加害行為をした者がいる場合には、相互に因果関係の推定を妨げ合い、いずれについても被害者がする因果関係の証明が不十分となり得る事態が生ずることから、被害者を救済する必要があるとともに、加害者側にも権利又は法律上保護される利益を侵害する具体的な危険を惹起したという事情が備わるため、推定を認めても必ずしも責任主義に反することとならないからであると解される。そうすると、同項後段が適用されるためには、各加害者の行為が、経験則上、それのみで生じた損害との間の因果関係を推定し得る程度に具体的な危険を惹起するものであることを主張立証する必要があると解される。そして、被告建材メーカーらの製造販売した建材が出荷されても、本件被災者らが作業をする建設現場に到達しなければ、本件被災者らとの関係で、被告建材メーカーらの行為が具体的な損害発生の危険を惹起したとはいえない。

 民法719条1項後段の趣旨は上記のとおりであり、被害者が特定した複数の加害者以外には加害者となり得る者が存在しないことを同項後段の適用の要件であると解することは相当ではない。なぜなら、被害者が特定した加害者の行為と同等の危険性を有する行為をした第三者が存在することが明らかとなっても、これにより直ちに因果関係の推定の基礎が崩れるとはいえないからである。

  もっとも、中皮腫は石綿粉じんの少量のばく露によっても発症し得るとされているところ、中皮腫にり患した本件被災大工らに係る損害賠償請求については、本件のように、被害者の石綿粉じんへのばく露に関わった加害者が多数存在し得る状況において、加害者として特定された者が、他に加害行為を行った者が多数存在し、これらの者の加害行為を原因とする石綿粉じんへのばく露の方が、自らの加害行為を原因とする石綿粉じんへのばく露よりもばく露量が大きいことを証明したとしても、民法719条1項後段の推定を覆せないとすると、明らかに衡平を失するというべきである。そこで、上記の本件被災大工らに係る石綿粉じんのばく露量全体との関係で、本件ボード三種を製造販売した企業らの集団的寄与度を定め、これに応じた割合的責任の範囲内で、同項後段を適用して、被告建材メーカーらに連帯責任を負担させるのが相当である。

 中皮腫にり患した本件被災大工らについて、本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度にとどまることからすると、損害の衡平な分担という観点から、被告建材メーカーらについては、本件ボード三種を製造販売した企業らの集団的寄与度である3分の1の範囲内で民法719条1項後段を適用し、上記の本件被災大工らの各損害の3分の1について連帯責任を負うこととするのが相当である。 

最高裁の判断

 最高裁は,国の賠償責任を全面的に認めました。さらに,一人親方に対する賠償責任も認めました。また,原審が賠償責任を否定した建材メーカーに対する賠償責任を肯定しています。

国の責任について

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。

 安衛法は,職場における労働者の安全と健康の確保等を目的として(1条),事業者は,労働者の健康障害の防止等のために必要な措置を講じなければならないものとしているのであって(22条等),事業者が講ずべき具体的措置を労働省令(平成11年法律第160号による改正後は厚生労働省令)に委任している(27条1項)。このように安衛法が上記の具体的措置を省令に包括的に委任した趣旨は,事業者が講ずべき措置の内容が多岐にわたる専門的,技術的事項であること,また,その内容をできる限り速やかに技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正していくためには,これを主務大臣に委ねるのが適当であるとされたことによるものである。

  以上の安衛法の目的及び上記各規定の趣旨に鑑みると,主務大臣の安衛法に基づく規制権限は,労働者の労働環境を整備し,その生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保することをその主要な目的として,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべきものである。

 また,安衛法は,労働者に健康障害を生ずるおそれのある物等について,人体に及ぼす作用,貯蔵又は取扱い上の注意等を表示しなければならないとしている(57条)ところ,この表示の記載方法についても,上記と同様に,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものとなるように指導監督すべきである。このことは,本件掲示義務規定に基づく掲示の記載方法に関する指導監督についても同様である。

 昭和50年当時の建設現場は,我が国に輸入された石綿の約7割が建設現場で使用され,多量の粉じんを発散する電動工具の普及とあいまって,石綿粉じんにばく露する危険性の高い作業環境にあったということができる。当時,吹付け工や一部のはつり工を除き,大半の労働者は防じんマスクを着用していなかったから,建設作業従事者に,石綿粉じんにばく露することにより石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていたというべきである。このことは,建設業労働者のじん肺症発生件数が昭和40年代後半から急増し,その後も,建設業労働者のじん肺症及びじん肺合併症発生件数又は石綿関連疾患の発生件数が高い水準にあったことからも裏付けられる。

 昭和33年3月頃には,石綿肺に関する医学的知見が確立し,昭和47年には,石綿粉じんにばく露することと肺がん及び中皮腫の発症との関連性並びに肺がん及び中皮腫が潜伏期間の長い遅発性の疾患であることが明らかとなっていた。さらに,昭和48年通達においては,石綿粉じんの抑制濃度を5㎛以上の繊維として1㎤当たり5本としており,従前の1㎥当たり2㎎(石綿の繊維数に換算すると1㎤当たり33本)から,石綿粉じん対策の指導を大幅に強化しているところ,通達発出の理由として,石綿が肺がん,中皮腫等を発生させることが明らかとなったこと等により,各国の規制においても気中石綿粉じん濃度を抑制する措置が強化されつつあることが挙げられていた。これらによれば,被告国が,石綿のがん原性が明らかとなったことに伴い,石綿粉じんに対する規制を強化する必要があると認識していたことは明らかである。さらに,昭和46年に発表された論文により,工場における石綿板の切断によって1㎤当たり5本を超える濃度の石綿粉じんが測定されたことが明らかにされていた。

 被告国は,昭和48年頃には,建設作業従事者が,昭和48年通達の示す抑制濃度を超える石綿粉じんにさらされている可能性があることを認識することができたのであり,建設現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行うべきであったということができる。そして,そのような調査を行えば,被告国は,当時既に強力な予防指導を要すると指摘されていた石綿吹付け作業に従事する者以外の屋内建設現場における建設作業従事者にも,石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていることを把握することができたというべきであり,上記の建設作業従事者に対して,石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には,石綿関連疾患にり患する危険があり,必ず適切な防じんマスクを着用するよう伝えるとともに,事業者に対して,防じんマスクの使用を義務付ける必要があることを認識することができたというべきである。

 昭和50年の安衛令及び安衛則の改正により,石綿等が健康障害を生ずるおそれのある物として,安衛法57条に基づく表示義務の対象となったところ,同条の定める表示事項の一つである「人体に及ぼす作用」は,その物の危険性が正確に伝わり,必要な手当てや治療が速やかに判明するように,症状や障害を可能な限り具体的に特定して記載すべきであると解され,抽象的に健康障害を生ずるおそれがある旨を記載するのでは足りないというべきである。また,同条の定める表示事項の一つである「貯蔵又は取扱い上の注意」は,健康障害の発生を防止するために必要な注意事項を的確に記載すべきであると解される。そして,上記の各表示事項について,重篤な石綿関連疾患を発症する危険があることを具体的に表示し,健康障害の発生を防止するために必要な注意事項を的確に記載するように指導監督することの障害となるような事情があったとはうかがわれない。

  しかし,表示方法通達に示された石綿等に係る表示の具体的記載方法は,「注意事項」として,「多量に粉じんを吸入すると健康をそこなうおそれがありますから,下記の注意事項を守つて下さい。」,「取扱い中は,必要に応じ防じんマスクを着用して下さい。」などと記載するというものであった。このような記載方法では,「人体に及ぼす作用」については,症状や障害が具体的に特定して記載されているとはいい難い上に,粉じんの吸入が多量に至らなければ健康障害のおそれはないとの誤解が生じかねず,昭和50年当時の医学的知見に照らし,不適切であった。また,「貯蔵又は取扱い上の注意」についても,当時,屋内建設現場において,石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際,石綿粉じんへのばく露を防止する上で,呼吸用保護具の着用は必要不可欠であったというべきであり,単に必要に応じて防じんマスクを着用するよう記載するのみでは,不十分であった。同様に,労働省労働基準局長が,573号通達において,本件掲示義務規定の掲示事項(特別管理物質の名称,人体に及ぼす作用,取扱い上の注意事項)について,表示方法通達の当該部分と同一内容として差し支えないとしたことも,不適切かつ不十分であったというべきである。

  そうすると,労働大臣は,昭和50年の適切な時期に,安衛法に基づく規制権限を行使して,表示方法通達の内容を改める通達を発出するなどして,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,具体的かつ的確に,重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること及び防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督すべきであった。

 昭和22年の旧安衛則の施行以来,使用者は,粉じん対策として,呼吸用保護具を備える義務等の各種の義務を負っており,しかも,昭和50年当時,建設現場が石綿粉じんにばく露する危険性の高い作業環境にあったにもかかわらず,大半の労働者は,防じんマスクを着用しておらず,建設作業従事者に石綿関連疾患にり患する広範かつ重大な危険が生じていた。屋内建設現場がこのような状況にあることを被告国が把握し得たことは上記のとおりであり,被告国としては,事業者に対し,屋内建設現場において石綿粉じんにばく露する作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるなど,対策を強化する必要があったということができる。そして,その当時,従来から課されていた呼吸用保護具を備える義務を強化して,事業者に対し,上記の労働者に呼吸用保護具を使用させることを義務付けることについて,障害となるような事情があったとはうかがわれない。

  そうすると,労働大臣は,昭和50年の適切な時期に,安衛法に基づく省令制定権限を行使して,事業者に対して,屋内建設現場において石綿粉じんにばく露する作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであった。

 労働大臣は,石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には,安衛法に基づく規制権限を行使して,通達を発出するなどして,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに,安衛法に基づく省令制定権限を行使して,事業者に対し,屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったのであり,同日以降,労働大臣が安衛法に基づく上記の各権限を行使しなかったことは,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

 平成7年の特化則の改正により,同年4月1日以降,事業者が石綿等の切断等の作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させることの義務付けがされたものの,上記作業の周囲で作業する労働者に呼吸用保護具を使用させることの義務付けはされていなかった。また,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示に係る指導監督については従前と変わりがなく,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には,必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すことについての指導監督はされていなかった。そうすると,同日以降も,規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法である状態は,継続していたものと解するのが相当である。

 内閣は,平成15年10月16日,安衛令を一部改正し,石綿を含有する石綿セメント円筒,押出成形セメント板,住宅屋根用化粧スレート,繊維強化セメント板,窯業系サイディング等の製品で,その含有する石綿の重量が当該製品の重量の1%を超えるものを,安衛法55条により製造等が禁止される有害物等に定め,この改正政令は平成16年10月1日から施行された。そして,同年には8186tであった石綿の輸入量は,平成17年には110t,平成18年以降はゼロとなっており,上記の改正により,石綿含有建材の流通はほぼ阻止されたものと評価することができる。そうすると,規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法である状態は,昭和50年10月1日から平成16年9月30日まで継続し,同年10月1日以降は解消されたものと解するのが相当である。

 安衛法57条は,労働者に健康障害を生ずるおそれのある物で政令で定めるものの譲渡等をする者が,その容器又は包装に,名称,人体に及ぼす作用,貯蔵又は取扱い上の注意等を表示しなければならない旨を定めている。同条は,健康障害を生ずるおそれのある物についてこれらを表示することを義務付けることによって,その物を取り扱う者に健康障害が生ずることを防止しようとする趣旨のものと解されるのであって,上記の物を取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあることは,当該者が安衛法2条2号において定義された労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また,安衛法57条は,これを取り扱う者に健康障害を生ずるおそれがあるという物の危険性に着目した規制であり,その物を取り扱うことにより危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると,所定事項の表示を義務付けることにより,その物を取り扱う者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。なお,安衛法は,その1条において,職場における労働者の安全と健康を確保すること等を目的として規定しており,安衛法の主たる目的が労働者の保護にあることは明らかであるが,同条は,快適な職場環境(平成4年法律第55号による改正前は「作業環境」)の形成を促進することをも目的に掲げているのであるから,労働者に該当しない者が,労働者と同じ場所で働き,健康障害を生ずるおそれのある物を取り扱う場合に,安衛法57条が労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難い。

  また,本件掲示義務規定は,事業者が,石綿等を含む特別管理物質を取り扱う作業場において,特別管理物質の名称,人体に及ぼす作用,取扱い上の注意事項及び使用すべき保護具に係る事項を掲示しなければならない旨を定めている。この規定は,特別管理物質を取り扱う作業場が人体にとって危険なものであることに鑑み,上記の掲示を義務付けるものと解されるのであって,特別管理物質を取り扱う作業場において,人体に対する危険があることは,そこで作業する者が労働者に該当するか否かによって変わるものではない。また,本件掲示義務規定は,特別管理物質を取り扱う作業場という場所の危険性に着目した規制であり,その場所において危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると,特別管理物質を取り扱う作業場における掲示を義務付けることにより,その場所で作業する者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当である。なお,安衛法が人体に対する危険がある作業場で働く者であって労働者に該当しない者を当然に保護の対象外としているとは解し難いことは,上記と同様である。

 労働大臣は,昭和50年10月1日には,安衛法に基づく規制権限を行使して,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督すべきであったというべきところ,上記の規制権限は,労働者を保護するためのみならず,労働者に該当しない建設作業従事者を保護するためにも行使されるべきものであったというべきである。

 昭和50年10月1日以降,労働大臣が上記の規制権限を行使しなかったことは,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち,安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

建材メーカーの責任について

 民法719条1項は,「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも,同様とする。」と規定するところ,同項後段は,複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い,そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に,被害者の保護を図るため,公益的観点から,因果関係の立証責任を転換して,上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り,上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定であると解される。そして,同項後段は,その文言からすると,被害者によって特定された複数の行為者の中に真に被害者に損害を加えた者が含まれている場合に適用されると解するのが自然である。仮に,上記の複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在する場合にまで,同項後段を適用して上記の複数の行為者のみに損害賠償責任を負わせることとすれば,実際には被害者に損害を加えていない者らのみに損害賠償責任を負わせることとなりかねず,相当ではないというべきである。

 以上によれば,被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは,民法719条1項後段の適用の要件であると解するのが相当である。

 被告建材メーカーらを含む多数の建材メーカーは,石綿含有建材を製造販売する際に,当該建材が石綿を含有しており,当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材に表示する義務を負っていたにもかかわらず,その義務を履行していなかったのであり,また,中皮腫にり患した本件被災大工らは,本件ボード三種を直接取り扱っており,本件ボード三種のうち被告建材メーカーらが製造販売したものが,上記の本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたというのである。上記の本件被災大工らは,建設現場において,複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより,累積的に石綿粉じんにばく露しているが,このことは,これらの建材メーカーにとって想定し得た事態というべきである。

  また,上記の本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であったが,上記の本件被災大工らの中皮腫の発症について,被告建材メーカーらが個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでない。

 複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い,そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合には,被害者の保護を図るため公益的観点から規定された民法719条1項後段の適用により,因果関係の立証責任が転換され,上記の者らが連帯して損害賠償責任を負うこととなるところ,本件においては,被告建材メーカーらが製造販売した本件ボード三種が上記の本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられているものの,本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部であり,また,被告建材メーカーらが個別に上記の本件被災大工らの中皮腫の発症にどの程度の影響を与えたのかは明らかでないなどの諸事情がある。そこで,本件においては,被害者保護の見地から,上記の同項後段が適用される場合との均衡を図って,同項後段の類推適用により,因果関係の立証責任が転換されると解するのが相当である。もっとも,本件においては,本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情があるから,被告建材メーカーらは,こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。

 以上によれば,被告建材メーカーらは,民法719条1項後段の類推適用により,中皮腫にり患した本件被災大工らの各損害の3分の1について,連帯して損害賠償責任を負うと解するのが相当である。


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