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法定外の健康診断の受診義務に関する最高裁判決


安衛法の健康診断以外の健康診断について労働者に受診義務があるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

電電公社帯広電報電話局事件(最高裁昭和61年3月13日)

 会社が、就業規則において、法定外の健康診断の受診義務を規定している場合に、労働者の法定外健康診断の受診義務の有無が問題になった事案です。

 労災とは、直接関係ありません。安全配慮義務に関わる安全衛生に関する判例として紹介します。

事案の概要

 上告人日本電信電話公社は、本件当時、疾病の予防、罹患者の早期発見、早期回復、保健指導、衛生環境の整備等職員の健康管理を適正に実施し、もつて業務の円滑な運営に資することを目的として健康管理規程を定めていたが、同規程は、職員の健康管理にあたって職員の疾病状況に対応した有効な施策を講ずること(2条1項)を規定する一方、職員は常に自己の健康の保持増進に努め(2条2項)、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない(4条)として職員の遵守すべき義務を明らかにしている。そして、職員の疾病の予防、保健指導を行うとともに罹患者の早期発見等を行うため配置された健康管理医が検診の結果等により必要と認めたときは、当該職員に精密検診を受けさせなければならないこととし(24条)、また、検診の結果等に基づき、健康管理医は、管理が必要であると認められる個々の職員につき、病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定し(26条)、同決定のあつた当該職員を指導区分に従い個別に管理することとしている。また、要管理者については、日本電信電話公社就業規則165条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程31条において、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。更に、公社は、高度な医療技術のもとに、疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理のために疾病の早期発見、早期治療を行う医療機関として、札幌逓信病院を設置している。

 公社は、従前から頸肩腕症候群罹患者の発生に対処するため、専門医を中心にプロジエクトチームを編成し、その原因の究明に努めるとともに、諸施策を実施してその予防及び早期解決に努力してきた結果、罹患者数は年々減少するに至ったものの、発症後3年以上を経過しても治癒しない長期罹患者の割合が大きいことから、この長期罹患者についての対策を全国的規模で検討するに至った。公社北海道局においても、頸肩腕症候群罹患者数が昭和50年の約220名から昭和53年の約150名に減少したものの、3年以上の長期罹患者の割合が75パーセントを占めていたため、これについての対策が検討されたが、管内健康管理医の打合せ会では、頸肩腕症候群の疾病要因がまだ医学的に十分解明されていない現状において、その早期回復を図るためには、単に整形外科のみならず、内科、精神神経科等各科の検診を含む総合的な精密検診を実施する必要がある旨の意見が強く出された。そして、全国電気通信労働組合北海道地方本部からも右と同趣旨の要望がされたため、昭和53年7月14日、公社北海道局と全電通道地本との間において、長期罹患者を対象として、その疾病要因を追究してその診断により治療及び療養の指導をして早期に健康回復を図ることを目的とする総合精密検診を実施する旨の労働協約が締結されたが、同協約によって決定された検診方法は、発症後3年以上経過しているのに症状が軽快していない者その他健康管理医が必要と認めた者を被検者として札幌逓信病院に入院させ、整形外科を中心に内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科及び耳鼻咽喉科のほか、必要に応じて他科の検診を含む総合精密検診を行うものであり、検診のための入院期間は2週間程度、参加人員は1回4名程度とし、被検者の具体的人選は健康管理医が行うというものであった。

 被上告人は、当時公社帯広電報電話局に勤務し電話交換の作業に従事する公社職員であったが、昭和49年7月5日、A整形外科医院において頸肩腕症候群と診断される一方、健康管理規程に定める指導区分の「療養」にあたることとされ、その後、休養加療を行った結果、症状が軽快し、同年9月5日から指導区分の「要注意」にあたるものとして職場に復帰したが、同年9月16日からは「勤務軽減」(6時間勤務)となり、同年11月5日からは再び「療養」にあたることとされて休養し、同年12月5日「勤務軽減」(4時間勤務)の指導区分により職場に復帰し、昭和50年1月6日に「要注意」となるといった指導区分の変遷を繰り返し、本件当時の被上告人の担当職務は、電話番号簿の番号訂正等の事務であって、本来の職務である電話交換の作業には従事していなかつた。 
 公社は、昭和49年9月5日、被上告人の健康状態を考慮し、従来の電話交換作業から軽易な机上作業に担務替えを行うとともに、同年9月28日、被上告人から提出された疾病の業務災害認定申請に対して、札幌逓信病院において、整形外科の精密検診を行い、その結果等に基づき、昭和50年9月3日付で当該疾病が「業務上」である旨の認定をし、各種補償を行っている。
 被上告人は、A整形外科医院において月12、3回ないし20回程度通院治療を受けていたほか、昭和52年4月から帯広市内のB治療院において月2、3回ないし9回程度「あんま、マツサージ」を受けていたが、昭和50年2月以降症状の改善はみれられなかった。
 公社は、昭和53年9月12日、上記記労働協約所定の頸肩腕症候群総合精密検診の第4回目を同年10月5日から18日までに行うこととし、釧路健康管理所の健康管理医の意見に基づき、帯広局所属の被上告人外1名を被検者と決定し、同年9月13日、被上告人に対し、帯広局岩渕運用部長を介して口頭で受診を指示するももとに、実施期間・場所・検診科名及び入院にあたっての注意事項等を記載した書面を手交し、その後も、受診に消極的な態度を示す被上告人に対して受診するよう説得に努め、同年10月3日には、被上告人に対し、運用部長を介して受診方の業務命令を発したが、被上告人がこれを拒否したため、更に検診日を1か月後に再設定することとし、同月27日、運用部長を介し、11月9日から同月22日まで検診を受けるよう業務命令を発したが、被上告人は、同年10月30日、「札幌逓信病院は信頼できない。」としてこの業務命令をも拒否した。

 全電通道地本はかねて広報紙等を通じて上記労働協約で決定された総合精密検診実施の必要等を組合員に周知させていたが、同年8月21日、公社から全電通道地本帯広分会に対して検診の対象者として帯広局の被上告人外1名が選定される予定である旨の通知を受けるや、分会書記長は、即日両名にその旨を伝達した。また、分会は、被上告人が同年10月3日に発せられた総合精密検診の業務命令を拒否したことを重視し、全電通道地本に対して役員の派遣を要請した。これに応じて、全電通道地本は、10月11日から13日まで執行委員長ら執行部を帯広局に派遣し、被上告人に対して、総合精密検診の趣旨説明をするとともに、その受診方を説得したが、被上告人は、「札幌逓信病院は信頼できない」「業務災害認定解除のおそれがある」等の理由で受診に反対である旨を表明し、結局、全電通道地本執行部の説得を受け容れなかった。

 全電通道地本帯広分会執行部は、本件総合精密検診が労使確認事項であるとしながらも、被上告人が受診拒否の意向を有しており、業務命令発出という形にまで発展したことを重視し、同年10月9日午後3時から、帯広局局舎三階の会議室において、公社と団体交渉を行つた。団体交渉は非公開で行われたが、開始後間もなく、被上告人を含む12名の女子職員が傍聴のため会場の会議室に立入り、分会役員の退去指示にも従わず、一部の者が公開を要求して騒然となり、更に、同室前で分会長らと公開、非公開をめぐり問答し、結局、いったん中断された団体交渉は再開されなかった。被上告人は、この間、午後3時15分ころから約10分間にわたり職場を離脱した。
 公社は、同年11月14日、被上告人に対し、受診拒否は、公社就業規所定の懲戒事由(「上長の命命に服さないとき」)に該当し、上記職場離脱は、懲戒事由(「第5条の規定に違反したとき」)に該当するとして、日本電信電話公社法33条に基づき、懲戒戒告処分をした。

最高裁の判断

 最高裁は、以下のように、本件では、 労働者の法定外健康診断の受診義務があると判断しています。

 業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもつて指示、命令することができる根拠は、労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するものであるから、その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、したがって、使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができる。
 労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、法的規範としての性質を認められるに至っており、当該事業場の労働者は、就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受けるというべきであるから、使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の内容となっているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものということができる。

 本件業務命令は、被上告人の罹患した頸肩腕症候群の早期回復を図ることを目的として総合精密検診の受診を命ずるものであり、安全及び衛生に関する業務命令ということができるが、公社においては、職員の安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則で定めるほか、健康管理規程を設けている。労働基準法上、安全及び衛生に関する事項については、特に細かい規定となりやすいため、就業規則とは別個に規則を定めることができるとされているところ、公社における健康管理規程は、労基法所定の規則にあたるというべきである。そして、同条項所定の規則といえども、就業規則の一部であることは変わりはないのであるから、健康管理規程も就業規則としての性質を有しているものということができる。

 以上によれば、安全及び衛生に関する事項については、公社就業規則及び健康管理規程の定めている事項がその内容において合理的なものであるかぎりにおいて公社と被上告人との間の具体的労働契約の内容となっているものということができる。

 公社の健康管理規程は、2条2項において、一般的に職員の健康保持義務を定めるとともに、4条において、職員は、健康管理上必要な事項について、健康管理従事者の指示もしくは指導を受けたときは、これを誠実に守らなければならない旨を規定し、更に、24条において、検診の結果等により健康管理医が必要と認めたときは当該職員に精密検診を受けさせなければならないとするとともに、26条において、健康管理医は、検診の結果等に基づき、要管理者につき、その病状に応じて、「療養」、「勤務軽減」、「要注意」、「準健康」の各指導区分を決定したうえ、当該職員を指導区分に従い個別に健康管理指導を行うこととしていること、また、要管理者については、公社就業規則165条において、「職員は、心身の故障により、療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、衛生管理者の指示に従うほか、所属長、医師及び健康管理に従事する者の指示に従い、健康の回復につとめなければならない。」と定めるとともに、健康管理規程31条においても、「要管理者は、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康の回復に努めなければならない。」と規定している。
 以上の公社就業規則及び健康管理規程によれば、公社においては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、要管理者は、健康回復に努める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているのであるが、以上公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねている趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、職員の健康管理上の義務は、公社と公社職員との間の労働契約の内容となっているものというべきである。

 被上告人は、昭和49年7月、頸肩腕症候群に罹患している旨の診断がされ、同時に健康管理規程26条所定の指導区分の「療養」にあたる要管理者として管理指導を受けることとなり、その後も、その症状の推移に従い、「勤務軽減」、「療養」、「要注意」等の指導区分にあたる者として管理指導を受けるとともに、昭和50年9月には当該疾病につき業務上災害の認定を受けて災害補償を受けていたところ、被上告人の疾病については、外科医院において月12、3回ないし20回程度通院治療を受けていたほか、月2、3回ないし9回程度「あんま、マツサージ」の治療を受けていたが、昭和50年2月以降症状の改善がみられず、本件当時も、担当職務について労務軽減の措置を受けたまま、電話番号簿の番号訂正等の軽易な机上事務に従事するのみで、本来の電話交換作業に従事できないでいた、というのである。
 上記の事情に照らすと、被上告人は、当時頸肩腕症候群に罹患したことを理由に健康管理規程26条所定の指導区分の決定がされた要管理者であったのであるから、被上告人には、公社との間の労働契約上、健康回復に努める義務があるのみならず、健康回復に関する健康管理従事者の指示に従う義務があり、したがって、公社が被上告人の右疾病の治癒回復のため、頸肩腕症候群に関する総合精密検診を受けるようにとの指示をした場合、被上告人としては、検診について被上告人の疾病の治癒回復という目的との関係で合理性ないし相当性が肯定し得るかぎり、労働契約上、指示に従う義務を負っているものというべきである。
 そして、公社が公社職員を対象として実施することとした頸肩腕症候群総合精密検診は、発症後3年以上を経過しても治癒しない頸肩腕症候群の疾病要因を追究して、その早期回復を図るための具体的方策を見出すことを目的とするものであるところ、疾病要因については、まだ医学的に十分な解明がされていないというのであるから、その疾病要因を究明するための総合精密検診が、整形外科のみならず、内科、精神科、精神神経科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科等の各専門医による検診を実施したうえ、その各所見を総合的に検討することとしていること、及び検診のため2週間程度の入院を必要としていることの合理性は否定し難いものというべきである。また、総合精密検診の実施機関とされる札幌逓信病院は、公社が高度な医療技術により疾病の早期回復を図るとともに、公社職員の健康管理に適した疾病の早期発見、早期治療を行う病院として設置した医療機関であって、多岐にわたる検診科及び検診項目についての各専門科医の所見を総合して行うべき右総合精密検診を実施するために必要な人的及び物的条件を具備しているとみられるばかりか、同病院が公社内部の医療機関であって、日頃から公社職員の健康管理に関与していることからすると、他の総合病院におけるよりも、検診を担当する各専門科医に公社職員の頸肩腕症候群の実態及び実施すべき総合精密検診の趣旨を伝達してその周知徹底を期することが比較的容易に行われ得るということも否定できないところである。そして、上記のような方法による総合精密検診の実施については、公社と全電通道地本との間で協議がされ、全電通道地本においても検診方法の合理性を承認したうえで労働協約を締結していることが窮われること等の事情をも併せ考慮すると、被上告人ら公社職員を対象とする総合精密検診の内容・方法の合理性ないし相当性は十分これを肯定することができるものというべきである。


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