建物の解体作業等により発生したアスベスト関連疾患に関して、建材メーカーの責任を否定した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和4年6月3日判決
建物の解体作業等に従事した後に、石綿肺・肺がん等のアスベスト関連疾患にり患した労働者又はその遺族が、建材メーカーである上告人らに対し、不法行為等に基づく損害賠償を求めた事案です。
アスベスト関連疾患にり患したのは、上告人らが、アスベスト含有建材を製造販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業等に従事する者に対し、当該建材から生ずる粉じんにばく露するとアスベスト関連疾患にり患する危険があること等の本件警告情報を表示すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行しなかったことによるものであるなどと主張しました。
※建材メーカーの危険性の表示義務を否定した最高裁判決も参照
アスベストに関する最高裁判決②
令和3年5月17日、アスベストに関する最高裁判決が4つ出ました。一連の最高裁判決の内、建材メーカーのアスベストの危険性の表示義務を否定した判決を紹介します。
事案の概要
石綿は、天然に産出される繊維状けい酸塩鉱物(クリソタイル、クロシドライト等)の総称であり、耐熱性等にその特長を有し、建材等に広く使用されてきた。
我が国で使用されてきた石綿含有建材には、壁や天井の内装材として用いられるスレートボード及びけい酸カルシウム板、外壁や軒天の外装材として用いられるスレート波板等があった。また、鉄骨造建物の工事においては、躯体となる鉄骨の耐火被覆として、石綿とセメント等の結合材を混合した吹付け材が用いられていた。
建物の解体工事において、石綿含有建材の切断、破砕、除去等をする際に、当該建材に含まれる石綿が粉じんとなって発散し、解体作業従事者が石綿粉じんにばく露することがあった。
石綿関連疾患には、石綿肺、肺がん等がある。石綿肺は、石綿粉じんを大量に吸入することによって発生する疾患であり、じん肺の一種である。肺がんは、肺に発生する悪性腫瘍の総称である。石綿粉じんのばく露量と肺がんの発症率との間には、直線的な量反応関係が認められる。
石綿粉じんへのばく露と石綿関連疾患のり患との間の因果関係に関しては、石綿肺につき昭和33年3月頃に、肺がん、中皮腫等につき昭和47年頃にそれぞれ医学的知見が確立し、昭和48年までに当該知見を基礎付ける研究報告等が国際機関等により公表されていた。
原審の判断
原審は、以下のとおり、一部、建材メーカーの賠償責任を認めました。
上告人らは、遅くとも昭和50年1月1日以降、石綿含有建材を製造販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業従事者に対し、①当該建材自体に本件警告情報を記載し、②本件警告情報を記載したシール等とこれを当該建材が使用された部分に貼付するよう当該建物の建設工事の施工者に求める文書とを当該建材に添付し、又は③本件警告情報を記載した注意書とこれを当該建物の所有者に交付するよう当該施工者に求める文書とを当該建材に添付するなどの方法により、本件警告情報を表示すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行しなかった。
最高裁の判断
最高裁は、以下のとおり、建材メーカーの賠償責任を否定しました。
石綿含有建材の中には、吹付け材のように当該建材自体に本件警告情報を記載することが困難なものがある上、その記載をしたとしても、加工等により当該記載が失われたり、他の建材、壁紙等と一体となるなどしてその視認が困難な状態となったりすることがあり得る。また、建物において石綿含有建材が使用される部位や態様は様々であるから、本件警告情報を記載したシール等を当該建材が使用された部分に貼付することが困難な場合がある上、その貼付がされたとしても、当該シール等の経年劣化等により本件警告情報の判読が困難な状態となることがあり得る。本件警告情報を記載した注意書及びその交付を求める文書を石綿含有建材に添付したとしても、当該建材が使用された建物の解体までには長期間を経るのが通常であり、その間に当該注意書の紛失等の事情が生じ得るのであって、当該注意書が解体作業従事者に提示される蓋然性が高いとはいえない。そして、上告人らは、建材メーカーであり、上記の貼付又は交付等の実現を確保することはできない。これらに照らせば、原審の説示する上記の方法は、いずれも解体作業従事者が石綿粉じんにばく露する危険を回避するための本件警告情報の表示方法として実現性又は実効性に乏しいものというべきであり、上告人らが石綿含有建材を製造販売するに当たり、ほかに実効性等の高い表示方法があったということもできない。
加えて、上告人らは、その製造販売した石綿含有建材が使用された建物の解体に関与し得る立場になく、建物の解体作業は、当該建物の解体を実施する事業者等において、当該建物の解体の時点での状況等を踏まえ、あらかじめ職業上の知見等に基づき安全性を確保するための調査をした上で必要な対策をとって行われるべきものということができる。
以上によれば、上告人らが、石綿含有建材を製造販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業従事者に対し、本件警告情報を表示すべき義務を負っていたということはできない。