労災民訴について、調査復命書と文書提出命令に関して判断した最高裁決定を紹介します。
金沢労基署長災害調査復命書提出命令事件(最高裁平成17年10月14日決定)
労災事故後、使用者に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を行う場合、立証資料として、労基署の事務官等が作成した調査復命書を利用することがあります。その調査復命書について、文書提出命令の提出義務が問題になった事案です。
なお、被災労働者自身が、保有個人情報開示請求を行えば、調査復命書が一部開示されます。
以下の「労災認定について労基署の判断を知る方法」も参照
労災認定について労基署の判断を知る方法
労災保険の請求をしても、労基署長の決定の理由は、通知されません。労働者が労基署長の判断理由を知るには、①保有個人情報開示請求をする、②審査請求をしてしまう、の2つの方法があります。
事案の概要
本件の本案事件は、抗告人らが、被告会社に対し、被告会社に工員として勤務していた抗告人らの子が被告会社の工場である本件事業場において就業中に本件労災事故に遭って死亡したとして、安全配慮義務違反等に基づいて損害賠償を求める事件である。被告会社は、十分な労働安全対策を講じていたなどと主張して、抗告人らの請求を争っている。
抗告人らは、本案事件において、本件労災事故に係る調査の概要、調査報告書作成の有無等について、金沢労働基準監督署に対する調査嘱託の申立てをした。そして、金沢労働基準監督署長は、調査嘱託に対する回答書において、災害調査の概要、事業場から改善の報告を受けている事項を回答するとともに、本件労災事故につき「災害調査復命書」を作成しており、その記載内容(要旨)は同回答書に災害調査の概要として記載したとおりである旨の回答をした。
抗告人らは、本件労災事故の事実関係を具体的に明らかにするためには、上記回答書の原資料の提出が必要であるとして、民訴法220条3号又は4号に基づき、相手方に対し、本件労災事故の災害調査復命書である原々決定別紙文書目録記載の文書につき、文書提出命令の申立てをした。相手方は、本件文書を提出しなければならないとすると、労働安全衛生関係法令の履行確保を図るという行政事務、労働災害の発生原因を調査し同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するという労働災害調査に係る事務の適正かつ円滑な実施が困難になるとして、本件文書は民訴法220条4号ロ所定の「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当し、これを提出すべき義務を負わないと主張した。
災害調査復命書は、特定の労働災害が発生した場合に、労働基準監督官、産業安全専門官等の調査担当者が、労働安全衛生法の規定に基づいて、事業場に立ち入り、関係者に質問し、帳簿、書類その他の物件を検査し、又は作業環境測定を行うなどし、また、関係者の任意の協力を得たりして、労働災害の発生原因を究明し、同種災害の再発防止策等を策定するために、調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ、労働基準監督署長に対し、その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出されるものである。労働基準監督署長は、これを基に労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断し、また、その写しを都道府県労働局を通じて厚生労働省に送付している。そして、都道府県労働局や厚生労働省においては、これらを集約して再発防止のための通達を発出したり法令改正等を行うなど、災害調査復命書を各種の施策を検討するための基礎資料として活用している。
本件文書は、石川労働局所属の労働基準監督官2名が、本件事業場における2回の調査を含め、2か月間にわたり調査した結果を取りまとめたものであり、上記の目的で、本件調査担当者から金沢労働基準監督署長に対する復命書として作成されたものである。その記載項目は、「事業場の名称、所在地、代表者名及び安全衛生管理体制、労働災害発生地、発生年月日時、被災者の職・氏名、年齢」、「災害発生状況」、「災害発生原因及び災害防止のために講ずべき対策等」等である。
本件調査担当者は、本件労災事故の発生したその日のうちに本件事業場に立ち入り、労働者Aの協力の下、本件労災事故の発生状況について概括的な供述を聴取するとともに、関係書類の提出を受け、本件労災事故の現場の計測と写真撮影を行い、現場に残されていた物件を見分するなどし、また、その5日後、本件事業場の2階事務所において、被告会社の代表取締役E並びに労働者B及びCから、本件労災事故発生時の状況の説明、関係資料の提出とその説明を受けた。
本件文書の記載事項のうち、「事業場の名称、所在地、代表者名及び安全衛生管理体制、労働災害発生地、発生年月日時、被災者の職・氏名、年齢」は、主に、上記代表取締役及び上記労働者らから聴取した内容に基づいて記載され、「災害発生状況」は、上記聴取内容のほか、被告会社から提出を受けた関係資料、本件事業場における計測、見分等を基に、本件調査担当者が推測、評価等を加えた結果が記載され、「災害発生原因」は、上記聴取内容、関係資料、見分等を基に、本件調査担当者が推測、分析した結果が記載されている。もっとも、本件文書には、上記聴取内容がそのまま記載されたり、引用されたりしている部分はなく、本件調査担当者において、他の調査結果を総合し、その判断により上記聴取内容を取捨選択して、その分析評価と一体化させたものが記載されている。また、本件文書には、他に、再発防止策、行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見、署長判決及び意見、その他の参考事項も記載されている。上記労働者らは、いずれも、本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示している。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、一部について、文書提出命令の提出義務を認めました。
民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは、公務員が職務上知り得た非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解すべきである。
上記「公務員の職務上の秘密」には、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって、それが本案事件において公にされることにより、私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解すべきである。
本件文書は、(1)本件調査担当者が本件労災事故の発生原因を究明し、同種災害の再発防止策の策定等をするために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ、金沢労働基準監督署長に対し、その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出された災害調査復命書であること、(2)災害調査復命書は、労働基準監督署長が労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断するために利用されるほか、都道府県労働局や厚生労働省において、再発防止のための各種の施策を検討するための基礎資料として利用されていること、(3)本件文書には、①「事業場の名称、所在地、代表者名及び安全衛生管理体制、労働災害発生地、発生年月日時、被災者の職・氏名、年齢」、「災害発生状況」、「災害発生原因」について、本件調査担当者において、被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容、被告会社から提供を受けた関係資料、本件事業場内での計測、見分等に基づいて推測、評価、分析した事項が記載されているほか、②再発防止策、行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見、署長判決及び意見等が記載されていること、(4)上記労働者らは、いずれも、本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示していることが認められる。
以上に照らせば、本件文書は、①本件調査担当者が職務上知ることができた本件事業場の安全管理体制、本件労災事故の発生状況、発生原因等の被告会社にとっての私的な情報と、②再発防止策、行政上の措置についての本件調査担当者の意見、署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されているものであり、かつ、厚生労働省内において組織的に利用される内部文書であって、公表を予定していないものと認められる。そして、本件文書のうち、②の情報に係る部分は、公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであると認められ、また、①の情報に係る部分は、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであるが、これが本案事件において提出されることにより、調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるから、①、②の情報に係る部分は、いずれも、民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるものと認められる。
民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、単に文書の性格から公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきである。
本件文書のうち、②の情報に係る部分は、上記のとおり、行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されたものであり、その記載内容に照らして、これが本案事件において提出されると、行政の自由な意思決定が阻害され、公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在することが明らかである。しかしながら、①の情報に係る部分は、上記のとおり、これが本案事件において提出されると、関係者との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるものではあるが、(1)本件文書には、被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容がそのまま記載されたり、引用されたりしているわけではなく、本件調査担当者において、他の調査結果を総合し、その判断により上記聴取内容を取捨選択して、その分析評価と一体化させたものが記載されていること、(2)調査担当者には、事業場に立ち入り、関係者に質問し、帳簿、書類その他の物件を検査するなどの権限があり、労働基準監督署長等には、事業者、労働者等に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずる権限があり、これらに応じない者は罰金に処せられることとされていることなどにかんがみると、①の情報に係る部分が本案事件において提出されても、関係者の信頼を著しく損なうことになるということはできないし、以後調査担当者が労働災害に関する調査を行うに当たって関係者の協力を得ることが著しく困難となるということもできない。また、上記部分の提出によって災害調査復命書の記載内容に実質的な影響が生ずるとは考えられない。したがって、①の情報に係る部分が本案事件において提出されることによって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできない。
本件文書のうち、②の情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の「その提出により(中略)公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しないとはいえないが、①の情報に係る部分はこれに該当しないというべきであるから、本件文書のうち、②の情報に係る部分については同号に基づく提出義務が認められないが、①の情報に係る部分については上記提出義務が認められなければならない。