使用者が負担する労災保険料が増額になったことが、使用者の損害に当たるか?を判断した裁判例を紹介します。
大阪高裁平成28年11月29日判決
第三者行為による業務上災害により被災した被災労働者の遺族に対して、労災保険給付がなされた事案です。
労災保険率のメリット制に基づく使用者が負担する労災保険料が増額になったことが、損害だとして、使用者が損害賠償を求めました。
事案の概要
控訴人(原告)の従業員Aが業務上運転していた普通乗用自動車(タクシー)に、被控訴人(被告)が運転していた大型自動二輪車が衝突し、Aが死亡した。
Aの遺族に労災保険給付がなされたことにより、労災保険率のメリット制に基づき、控訴人の負担すべき保険料が増額したと主張してその支払を求めた。
裁判所の判断
大阪高裁は、原審と同様、使用者の損害賠償請求を認めませんでした。
労災保険は、労働者の福祉の増進に寄与することを目的として、労働者を使用する事業であれば、その事業が開始された日に保険関係が成立するものであり、労働者の業務災害に関する保険給付は、事業主の故意過失の有無や、第三者に不法行為が成立するか否かにかかわらず行われる。労働保険料の種類、額及び負担者は、いずれも徴収法において定められているところ、事業主の負担の具体的公平を図るとともに、事業主の災害防止努力義務を促進するため、メリット制が採用された結果、労働保険料の負担額は、業務災害に関する保険給付等の額の増加に応じて増加することとなっているが、当該業務災害が、第三者の不法行為に起因するものであることは、何らその負担額を増減する要素ではない。
労働保険料は、事業主が、法に基づく義務としてその負担をするものであって、その負担額は、第三者の不法行為に起因する業務災害があったか否かにかかわらず、事業主の負担の具体的公平を図るなどの観点から、徴収法により定められているものである。
メリット制が適用される場合の労働保険料は、3保険年度における保険給付の額等を前提に算定されるものである。また、労働保険料の算定において前提となる一般保険料の額は、事業主が支払う賃金総額に基づき計算される。したがって、事業主が負担する労働保険料は、当該3保険年度における保険給付の額等や賃金総額によって変動するのであって、その増減額は、ある特定の業務災害があったことから直ちに算出し得るものではない。
控訴人は、本件事故があったことを原因として、控訴人における平成29年度から平成31年度の労働保険料が増額することになると主張するが、その主張は、前提を欠くというほかない。
労災保険法に基づく業務災害に関する保険給付は、同法施行規則がその手続について詳細に定めるとおり、災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者の請求に基づき、労働基準監督署長の決定を経た上でなされるものである。すなわち、ある特定の業務災害が発生した場合に、具体的にいつ、どのような保険給付がされるかは、同法施行規則に基づく請求や決定といった手続がされない限り不明なものである。
上記の各事情を踏まえると、控訴人に生じた本件負担は、本件事故につき被控訴人に不法行為が成立するために生じるものではないし、被控訴人がした不法行為から通常生じる損害ともいえない。なお、本件負担が生じることについて予見可能な特別の事情があったと認めるに足りる証拠もない。
したがって、控訴人に生じた本件負担が、本件事故による損害であると認めることはできない。