労災が認定されても、会社への損害賠償が否定される場合があります。
労災の認定と損害賠償
労災の認定と使用者である会社への損害賠償は、目的も制度も異なります。そのため、労災だと認定されても、会社への損害賠償が否定されることもあります。
会社への損害賠償が否定される理由としては、会社の安全配慮義務違反が認められないことが多いでしょう。その他にも、労災事故自体の発生が認められないと判断された裁判例もあります。
前橋地裁高崎支部平成28年5月19日判決
自殺した労働者の遺族が、使用者に安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を求めた事案です。
労災は認定されていました。しかし、裁判所は、自殺当時、うつ病を発症したとは認められないとして、遺族の請求を棄却した判決です。
事案の概要
被告は、新潟県柏崎市内に新規の店舗としてZ3店を開設することとし、8月初旬ころ、同店の黒物家電売場の管理者であるフロア長として亡Aを配置することを決定した。
亡Aは、8月16日付けで被告の正社員に登用され、Z3店の黒物フロア長に配置されたが、Z3店の開店は9月21日に予定され、同月5日から開店準備作業が開始されることとなったため、同月2日までは、引き続きZ2本店において勤務した。
亡Aは、9月3日に富山市から柏崎市に引っ越しをした上、同月5日、Z3店での勤務を開始し、以降、その開店準備作業に従事していた。
亡Aは、9月19日午前2時頃、Z3店から車で10分程の所に位置する、社宅である自室内で、ネクタイを首に巻き、自殺した。
原告X1は、平成22年12月20日、長岡労働基準監督署に対し、本件自殺は業務上の事由によるものであるとして、遺族補償一時金、遺族特別支給金及び遺族特別一時金の支給を請求し、長岡労働基準監督署は、平成23年6月22日、本件自殺は業務上の事由によるものであると認められる旨の決定をした。
裁判所の判断
亡Aの時間外労働時間は、Z3店に異動する前は概ね40時間から50時間程度であったが、Z3店への異動を挟んだ死亡直近の1か月では約94時間30分、死亡直近の1週間では約39時間55分と短期間に増大しているというべきところ、労災関係通達においても、1か月に80時間以上の時間外労働を行うことの心理的負荷の強度は、「〈2〉」あるいは「中」と評価されている。こういった亡Aの労働時間の点に加え、遅くとも9月14日以降は帰宅するのが深夜に及んでいたこと、この間の亡Aの言動等からみても、同人の肉体的疲労は相当程度蓄積していたと考えられること、一般的にみて、一般職からフロア長への昇進には一定の心理的負担が伴うと思われることなどを考慮すれば、亡Aの業務上の負荷について、軽かったということはできず、一定の負荷が生じていたことは否定できない。
しかしながら、原告らが主張するような、亡Aが月100時間を超える時間外労働をしていたという事実が認められないのは前記のとおりであって、長時間労働と精神疾患の発症との明確な関連性はまだ十分には示されていないとの医学的知見に照らせば、亡Aの時間外労働時間が死亡直近の1か月でおおよそ94時間30分、死亡直近の1週間でおおよそ39時間55分に及んでいる点のみをもって、亡Aが極めて強い業務上の負荷を受けていたと直ちに評することはできず、この点の判断をするに当たっては、以下に検討するとおり、亡Aの業務に関する諸般の事情を考慮する必要があるというべきである。
本件自殺の直前である9月18日時点において、黒物売場の商品の演出作業は概ね終了していたと認められるのであり、9月14日以降に行っていたような深夜にまで及ぶ長時間労働が、引き続き長期間にわたって続くような客観的状況にあったとみることはできないから、この点を理由に亡Aの心理的負荷が強かったということはできない。
亡Aの業務上の負荷については、フロア長への昇格や短期間での労働時間の増加により、一定程度の心理的負荷が生じていたということは否定できないが、他方、開店準備作業に大幅な遅れが生じていたとは認めらないこと、作業期間中の亡Aの具体的業務について、特段の負荷が生じる内容であるとは認められず、本件過誤についても強い心理的負担を生じるものとはいえないこと、被告の支援・協力体制に不備があったとはいえない上、店舗内の人間関係についても特段問題はなかったことなどからすれば、亡Aについて、精神障害を発症させるほどの強い業務上の負荷が生じていたとはいえないというべきである。
よって、業務上の強い心理的負荷を受けて精神的に追い詰められた結果、亡Aは精神障害を発症したとの原告らの主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない。
労災医員意見書によっても、主たる亡Aのうつ病エピソードは9月15日以降と極めて短期間での出来事であり、また、本件自殺までの間、亡Aは無遅刻・無欠勤で勤務していたのであって、その他、亡Aの活動が著しく低下していたことを窺わせる事情は認められない。
以上の点を考慮すると、亡Aが9月15日の時点で重症うつ病エピソードを発症していたとの労災医員意見書は採用することはできず、その他、亡Aが上記精神障害を発症していたことを認めるに足る証拠はない。