労災と認定されていたが、会社への損害賠償請求訴訟で労災事故の発生を否定した裁判例を紹介します。
東京地裁令和3年2月16日判決
労災と認定された労働者が、使用者に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めた事案です。裁判所は、労災事故の発生自体を否定しました。
事案の概要
被告会社は、土木建築工事の設計施工等の事業を行う株式会社である。原告は、被告会社との間で、平成27年12月8日、期間の定めのない労働契約を締結した。
原告は、平成28年1月14日、普通貨物自動車を運転していた際、普通乗用自動車と接触する事故に遭い、同日、K病院を受診し、頚椎捻挫、腰椎捻挫、両膝捻挫及び頭部打撲の診断を受け、内服薬及び外用薬の処方を受けた。原告は、同日は仕事を休んだものの、翌日から出勤し、土木作業員として業務に従事した。
なお、原告は、上記交通事故で負った負傷部位の施術を受けるため、同年2月10日からL整骨院の受診を開始し、同年2月は13日間、同年3月は18日間、同年4月は22日間、同年5月は23日間、通院した。そして、左膝関節捻挫については同年3月10日に、右膝関節捻挫については同月31日に、それぞれ治癒したとして施術を終え、また、頚椎捻挫と腰椎捻挫については、同年5月31日に治癒したとして施術を終えた。
被告会社は、平成28年1月22日、A社から請け負ったマンホール等の撤去工事等を行ったが、原告も、土木作業員として本件工事に従事した。本件工事は、本件現場の道路下に埋設されたNTTの回線ケーブル等のメンテナンス用のマンホール(内壁で縦約2.5メートル、横約1.3メートル、高さ約1.5メートルのコンクリート製の構造物。壁及び底板の厚さは約20センチメートル。)及び配管等を撤去した上で、埋め戻すというものであった。
本件工事は午前9時頃から開始されたが、まず、重機で本件現場の道路のアスファルト路面を剥がし、その後、マンホール周辺の土砂を重機やスコップで取り除いていき、1メートルから1.5メートルほど掘り進んだところで、午前10時30分過ぎころから露出したマンホールの上部や側壁等を重機で破砕しながら、コンクリートガラなどを重機で取り除いた。この時点で、掘削溝の幅は、短辺で約2.3メートル、長辺で約3~3.5メートルとなっていた。
掘削溝の深さが1メートルから1.5メートルほどになった時点で、重機による作業を中断し、Fが掘削溝の中に入って、その指示で、まず、掘削溝の四隅(角の部分)に親杭を立て、これらを重機で押し込んで打ち込んだ。さらに、掘削溝の長辺部分や短辺部分に矢板を立て、これらを重機で押し込んで打ち込んだ。また、この時点で、掘削溝内に重機で取り切れずに残っていた塩ビ管などを、掘削溝の外にいる作業員に手渡したり、ワイヤーをかけて搬出したりした。
その後、掘削溝に入っていた作業員は外に出て、再び重機でマンホールの側壁等を破砕しながら掘り進め、ある程度まで掘削溝が深くなると、親杭や矢板を重機で押し込んでさらに深くまで打ち込むという作業を二、三度繰り返し、約2メートル80センチほどの深さになるまで掘り下げた。また、上記のように親杭や矢板を押し込む作業をする際には、重機による掘削やマンホールの破砕を再開する前に、掘削溝に作業員が降りて、残っていたコンクリートガラや塩ビ管などを取り除く作業をした。その際、原告は、掘削溝の上にいて、掘削溝の中の作業員が持ち上げる塩ビ管等を受け取って、運び出すなどの作業に従事した。
午後零時30分ころまでには、マンホールや配管等の撤去作業や土留め工事は完了した。その後、掘削場所を埋め戻し、土留めのために設置した親杭や矢板を引き抜いた後、アスファルトで仮舗装を行い、午後4時ころにはほぼ本件工事は完了した。その後、後片付けなどをし、午後5時ころには作業員は帰宅または帰社し、原告も、トラックを運転して被告会社に帰った。
原告は、平成28年1月23日、B病院を受診し、右膝関節捻挫の診断を受けた。そして、患部のギプス固定を受け、松葉杖を用いて歩行するようになった。原告は、同月28日、Cを受診し、右内側側副靭帯断裂及び右外側半月板損傷の診断を受けた。原告は、平成28年9月15日、D病院を受診し、MRI検査等を受けた結果、右膝内側側副靭帯、前十字靭帯の損傷及び外側半月板断裂の傷害を負っており、肉体労働に従事することは困難であるとの診断を受けた。
原告は、亀戸労働基準監督署長に対し、本件事故により右膝を負傷したとして、平成28年8月22日に休業補償給付の請求を、同年9月15日に療養補償給付の請求を、それぞれした。平成28年10月13日、亀戸労働基準監督署において、同労働基準監督署の担当者とA社の担当者2名、被告代表者E及び原告との面談が行われた。同面談の際、被告代表者Eは、原告からの請求を受けて、医療費と休業補償相当額を支払っていたこと、しかしながら、原告が病院の領収書を持参しなくなったことから、支払を控えることになったことなどを説明した。
原告は、平成29年7月12日、障害補償給付として一時金121万6,800円及び特別支給金20万円の支給を受けた。また、同年8月18日、平成28年9月15日から同年11月17日までの休業補償給付として合計38万6,880円の支給を受けた。
原告は、平成28年1月22日午前11時過ぎころ、掘削溝内の作業員から差し上げられた撤去管(塩ビ管)を受け取り、これを肩に担ぎ、足場板のある方向へ向きを変えて数歩歩いたところ、土留めがされていない場所の土が崩れ、2~3メートル下の掘削溝へ転落し、掘削溝内に盛られた土に右膝を打ち付けたと主張している。
裁判所の判断
裁判所は、以下のとおり、原告である労働者の供述が信用できないとして、事故の発生自体を認めませんでした。
原告は、本件工事において、掘削溝から撤去された塩ビ管を肩に担いで運んでいた際、掘削溝の壁の土砂が崩れ、2~3メートル下の掘削溝内に転落して右膝を打ち付けるという本件事故にあったと主張している。しかし、本件工事では、掘削溝の深さが1メートルから1.5メートルほどになった時点で、まず掘削溝の四隅(角の部分)に親杭が打ち込まれ、次いで掘削溝の長辺部分や短辺部分に矢板が打ち込まれて土留めが施されたのであるから、原告が本件事故が発生したと供述する時点で、掘削溝の壁の崩落が生じたとは考え難い。
また、原告は、本件工事の約7か月後に本件事故に遭ったとして労災請求をした際、本件事故の発生時刻を午後2時頃としており、本件訴え提起後も一貫して事故発生時刻を午後2時頃と主張していたが、A社に対して実施した調査嘱託の結果、午後零時33分の時点で本件掘削溝の土留めが完成していたことが明らかになった後に、本件事故が発生したのは午前11時頃であったと供述を変遷させており、その理由についても合理的な説明をしていない。
以上のとおり、本件事故に遭ったとする原告の供述は、証拠によって認められる本件工事の工程や本件現場の状況等に関する客観的事実と整合せず、その供述内容も不自然なものであり、また、事故発生時間についての供述には不合理な変遷が見られるなど、信用することができない。
原告は、本件工事当日、午前11時頃に本件事故に遭って右内側側副靭帯断裂及び右外側半月板損傷の重傷を負ったとしながら、午後5時ころに本件現場から撤収するまでの間、土木作業員として身体に相応の負荷がかかる作業に従事し、作業終了後はトラックを自ら運転して被告会社の寮まで帰っており、帰社後、J会長に対し、足を怪我したと訴えたものの、病院には自力で向かい、しかも診療時間が終わっていたため、その日は医者の診察を受けずにそのまま寮に帰っている。また、原告は、翌日、救急車で搬送されてB病院を受診したものの、途中までは自力で病院に向かっており、同病院の医師には、怪我を負った原因として、路上で転倒したと説明している。また、その後に受診した他の病院でも、本件工事の約7か月後に労災請求をするまでの間は、医師に対して、受傷原因は路上での転倒または別件交通事故であると説明しており、本件事故に遭ったとは述べていない。
原告が本件事故に遭ったとする日から約7か月間もの間、右膝等の治療や検査を受けるために受診した病院の医師に対し、受傷原因を路上での転倒や別件交通事故であると説明していたことに加え、原告が本件事故に遭ったと主張する平成28年1月22日の8日前である同月14日に別件交通事故に遭い、両膝捻挫の傷害を負っていることも併せ考慮すると、原告が本件工事日に右膝に傷害を負っていたことは認められるものの、それが他の機会に負った怪我である可能性を排除することはできないというべきであり、本件工事日に右膝に傷害を負っており、後に右内側側副靭帯断裂及び右外側半月板損傷との診断を受けたことだけでは、同傷害が本件工事の際に本件事故が起こったことによって生じたものであるとは直ちに推認することができない。
本件事故に遭ったとする原告の供述は信用できず、被告会社が治療費や休業補償を支払っていたことや、労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付や障害補償給付の請求手続へ協力し、その過程で本件事故の発生を積極的に否定しなかったことなど、原告が指摘する間接事実からも、本件事故の発生を直ちに推認することはできない。他に本件事故が発生したと認めるに足りる的確な証拠はなく、原告が指摘するその他の事情を併せ考慮しても、証拠上、本件事故が発生したと認めることはできない。