損害賠償請求において、労災保険を損益相殺する際に、費目拘束があると判断した最高裁判決を紹介します。
東都観光バス事件(最高裁昭和58年4月19日判決)
労災保険の障害補償一時金及び休業補償給付を損害賠償の慰謝料から控除することができるか?が争われた事案です。
事案の概要
上告人は、昭和47年10月22日に発生した本件事故によって被った財産上の損害として後遺症による逸失利益394万8,000円、精神上の損害として慰藉料160万円及び弁護士費用37万円の各損害の発生を主張し、合計額591万8,000円から、上告人が後遺症につき労災保険による障害補償一時金として受領した14万0,100円を控除した残額577万7,900円の支払を請求した。
被上告人は、本件事故に関し、上告人は、上告人主張の障害補償一時金のほか、労災保険による昭和47年10月22日から同48年5月15日までの間の休業補償金33万9,600円、被上告人共済会から支払われた昭和47年10月23日から同48年4月26日までの間の休業補償金15万8,815円、被上告人から昭和48年前期賞与の名義で支払われた10万2,000円、見舞金5万円、本件事故車の運転者であるAからの見舞金7万円を各受領したから、本件事故による上告人の損害は填補されていると主張したところ、上告人は各金員を受領したことを認めた。
原審の判断
原審は、上告人主張の後遺症による逸失利益は存在しないから当該損害の発生は認められないとし、慰藉料については、諸般の事情を考慮して200万円の損害の発生を認定したうえ、過失相殺により慰藉料200万円からその二割を減じたのちの160万円から、前記受領ずみの障害補償一時金14万0,100円及びAからの見舞金7万円の各金員合計21万0,100円並びに各金員を除くその余の費目の前記受領ずみの各金員(合計65万0,415円)につき前記過失割合(二割)に応じて上告人の負担に帰すべき13万0,083円を控除して、その残額は125万9,817円となると算定し、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は18万円をもって相当であるとしてこれに加算し、結局上告人の本訴請求を143万9,817円の支払を求める限度でこれを認容した。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、 労災保険の障害補償一時金及び休業補償給付を慰謝料から控除することはできないと判断しました。
労働者に対する災害補償は、労働者の被った財産上の損害のためにのみされるものであって、精神上の損害の填補の目的をも含むものではないから、前記上告人が受領した労災保険による障害補償一時金及び休業補償金のごときは上告人の財産上の賠償請求権にのみ充てられるべき筋合のものであって、上告人の慰藉料請求権には及ばないものというべきであり、従って上告人が各補償金を受領したからといってその全部ないし一部を上告人の被った精神上の損害を填補すべきものとして認められた慰藉料から控除することは許されないというべきである。