労災保険の損益相殺について、費目拘束があると判断した最高裁判決を紹介します。
青木鉛鉄事件(最高裁昭和62年7月10日判決)
労災保険の休業補償給付、傷病補償年金及び厚生年金保険法による障害年金を被害者の受けた財産的損害の内の積極損害又は精神的損害から控除することはできないと判断した最高裁判決です。
事案の概要
被上告会社の被用者である被上告人Aは、昭和49年12月19日、被上告会社の事業の執行の過程において、上告人に対し暴行を加え、頚部捻挫、左胸部挫傷の傷害を負わせた。
上告人は、本件事故により、入院雑費1万5,500円、付添看護費109万6,000円、休業補償費1,054万5,465円及び慰藉料180万円、以上合計1345万6,965円相当の損害を被った。
上告人は、本件事故による傷害を原因として、労災保険法による休業補償給付239万5,980円、同法による傷病補償年金672万0,384円、厚生年金保険法による障害年金494万6,022円、以上合計1,406万2,386円を受領した。
最高裁の判断
最高裁は、労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金は、消極的損害とのみ損益相殺できると判断しました。
労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付の原因となる事故が被用者の行為により惹起され、被用者及びその使用者がその行為によって生じた損害につき賠償責任を負うべき場合において、政府が被害者に対し労災保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付をしたときは、被害者が被用者及び使用者に対して取得した各損害賠償請求権は、保険給付と同一の事由については損害の填補がされたものとして、その給付の価額の限度において減縮するものと解される。
保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは、保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解すべきであって、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。そして、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、労災保険法による休業補償給付及び傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり、したがって、その間で前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは、財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであって、財産的損害のうちの積極損害(入院雑費、付添看護費はこれに含まれる。)及び精神的損害(慰藉料)は保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえないものというべきである。
したがって、保険給付が現に認定された消極損害の額を上回るとしても、当該超過分を財産的損害のうちの積極損害や精神的損害(慰藉料)を填補するものとして、給付額をこれらとの関係で控除することは許されないものというべきである。