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安全配慮義務に関する最高裁判決(労災の損害賠償)


労働契約関係に入った使用者が、安全配慮義務を負うと判断した最高裁判決を紹介します。

川義事件(最高裁昭和59年4月10日判決)

 使用者の安全配慮義務は、労働契約法5条に規定されています。その基礎となった最高裁判決です。

事案の概要

 Xは、昭和53年3月高等学校を卒業して直ちに上告会社に入社し、同社の本件社屋四階の独身寮に住み込んで就労していたが、営業社員として入社したものの、見習と呼ばれ、営業活動を見習うほか、研修を受けたり雑用をしていた。

 Yは、昭和52年3月高等学校を卒業して上告会社に入社し、本件社屋の寮に入っていたが、同年10月ころから一般のアパートに移り、会社に通勤していた。しかし、Yは、無断欠勤が多く、上司から勤務態度を注意されたため嫌気がさして昭和53年2月上告会社を退社し、呉服店に勤めたが、そこもしばらくして辞め、同年7月ころからは無職となっていた。Yは、上告会社に勤務していた昭和52年9月下旬ころから上告会社の商品である反物類を盗み出しては換金していたが、上告会社を退社してからも夜間に宿直中のもとの同僚や同僚に紹介されて親しくなったXら新入社員を訪ね、同人らと雑談、飲食したりしながら、その隙を見ては反物類を盗んでいた。

 Yは、昭和53年8月13日(日曜日)午後9時ころ、会社の反物類を窃取しようと考え、自動車で上告会社を訪れ、本件社屋表側壁面に設置されているブザーボタンを押したところ、くぐり戸が開き宿直勤務中のXが顔を出した。Yは、Xに対し、「久しぶりだなあ」と声をかけたので、Xが「やあ先輩ですか」と答えると、Yは、「トイレを貸してくれ」と言つたので、Xがこれを許したところ、Yは、社屋内に入りトイレを使用した。その後Yは帰宅しようとしないので、Xが「今日は社長が出張に行っている。もうすぐ帰って来るので早く帰った方がよい。」旨作り事を言って退去を促したところ、Yは反物窃取の目的を遂げず帰って行った。しかし、Yは、反物窃取の目的を諦め切れず、同日午後10時45分ころ再び本件社屋を訪れ、ブザーボタンを押して来訪を告げたところ、再びくぐり戸が開いてXが顔を見せた。Yは、Xに対し「社長は帰ったか」と聞いたので、Xが「鞄を置いてすぐ帰った」と答えたところ、Xの許可もないのに社屋内に入り込んだ。Xは、Yが上告会社の反物類を持ち去ることがあるので社屋内に入れないようにしようと考えていたが、Yが意に反して社屋内に入り込んできたため、Yが話しかけても答えず、「あんたに話すことはない」と冷たい態度を示すとともに暗に退去を促した。そのためYは、立腹し、Xに一階商品展示場畳敷部分に正座するよう命ずるとともに、正座したXに対して色々と話しかけたが、Xは、反抗的な態度を変えず、Yに対し「あんたが来ると反物がなくなる」「あんたが来たことが判ると僕が叱られる」と言った。それを聞いたYは、いたく憤激するとともにこれまでの犯行がXにも知られていることを知り、Xがこのまま見逃してくれそうにないので反物類を盗むにはXを殺害するほかはないと考え、突嗟に近くの棚にあつた花造り用ビニール紐をとり出し、これをXの頸部に巻きつけて両手で絞めあげ、仰向けに引き倒したうえ、社屋内にあった木製野球バットで顔面を殴打したりしてその場でXを死亡させ、反物類を盗んで自動車で逃走した。

 本件社屋には夜間の出入口としてくぐり戸が設けられていたが、この戸又はその近くにはのぞき窓やインターホンはなく、呼出用のブザーボタンのみが設置され、また、防犯ベル等の設備もなかった。本件社屋は、建物としての機能に欠陥はなく、窓、戸は堅牢で錠は整備されており、鉄筋コンクリート造りであるため、戸締りを十分にしている限り、外部からの盗賊等の侵入を防止することは可能であったが、しかし、夜間宿直中に来訪者がブザーボタソを押しても社屋内にいる宿直員はくぐり戸を開けて見ないとそれが誰であるかを確かめることは困難であったし、くぐり戸を開けた途端その者が強引に社屋内に押し入ってしまうと退去させることが非常に困難であつた。また、付近はビジネス街であって、夜間は極端に人通りが少なく、本件社屋内で異常事態が発生しても近隣の人や通行人に目撃、感知される可能性はほとんどなく、大声で助けを求めても効果はないような状況にあった。

 上告会社の取扱商品には、高価な反物、毛皮、宝石類があったが、反物は社屋内畳敷きの商品陳列場の棚や畳の上に積み並べられ、毛皮類はハンガーに掛けられて展示されていた。また、高価品については番号等が付せられていたが、帳簿又は伝票の記載を故意に偽ると紛失又は盗難にあっても判らなかつたし、社屋内の商品陳列場は広く開放的なものであるため、夜間宿直員が一人となったときなどは、監視の隙に来訪者によって商品を盗まれることもあり得る状況であつた。

 上告会社には宿直制度があり、原則として、平日は午後6時から翌朝午前8時30分まで、土曜は午後6時から翌朝午前9時まで、日曜祝日は午前9時から翌朝午前8時半までと定められ、男子従業員全員が一人宛交替制で実施していた。宿直員の仕事は、夜間の営業、すなわち夜間における小売業者との商談又は小売業者への商品の引渡、電話による受注、運送業者への発送品引渡、帰社した出張社員からの売上金受領、同金員の金庫への収納等があるほか、盗難防止のための戸締り、見回り等、更に火災予防のための見回り等も含まれており、宿直員に割当てられると寮生であっても宿直員の指定就寝場所である一階商品陳列場の一隅で就寝しなければならなかった。なお、毎年8月12日から同月16日まではお盆休みで、その間の宿直は、会社代表者その他の役員とその年に入社した従業員のいずれか一名がこれに当る旨の慣行があり、Xは、昭和53年8月13日午前9時から翌14日午前9時まで宿直勤務を命じられていた。

 上告会社では昭和52年10月ころから商品の紛失事故が二度、三度と発生していたが、その原因を調査したが判明しないため、全従業員に対し、紛失事故がないようにすることや商品持出しを厳正にすることを注意し、夜間の戸締りを厳重にすることを指示したが、紛失事故はやまなかつた。Yは、退職後本件事故の際の犯行を含め、7、8回上告会社から反物を窃取するという犯行をくり返しており、昭和53年7月13日には、宿直員がYの反物窃取を見付けたものの、直属の上司に話したのみで上層部には報告しなかった。なお、本件事故発生前上告会社に不審な電話がたびたびかかってきており、その中にはYからXに対する電話もあったので、上告会社の代表者は、Xに対しYからの用件を尋ねたが、理由が判然としなかったため、Yとは交際しないよう注意をしたこともあった。

最高裁の判断

 最高裁は、労働契約における使用者の義務として、安全配慮義務の存在を肯定しました。

 雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である。使用者の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、X一人に対し昭和53年8月13日午前9時から24時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もって物的施設等と相まって労働者たるXの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があったものと解すべきである。

 上記の事実関係からみれば、上告会社の本件社屋には、昼夜高価な商品が多数かつ開放的に陳列、保管されていて、休日又は夜間には盗賊が侵入するおそれがあったのみならず、当時、上告会社では現に商品の紛失事故や盗難が発生したり、不審な電話がしばしばかかってきていたというのであり、しかも侵入した盗賊が宿直員に発見されたような場合には宿直員に危害を加えることも十分予見することができたにもかかわらず、上告会社では、盗賊侵入防止のためののぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の物的設備や侵入した盗賊から危害を免れるために役立つ防犯ベル等の物的設備を施さず、また、盗難等の危険を考慮して休日又は夜間の宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するとか宿直員に対し十分な安全教育を施すなどの措置を講じていなかったというのであるから、上告会社には、Xに対する上記の安全配慮義務の不履行があったものといわなければならない。そして、上告会社において上記のような安全配慮義務を履行しておれば、本件のようなXの殺害という事故の発生を未然に防止しえたというべきであるから、当該事故は、上告会社の安全配慮義務の不履行によって発生したものということができ、上告会社は、当該事故によって被害を被った者に対しその損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。


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