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長期出張中の労働者に対する安全配慮義務に関する裁判例


長期出張中の労働者がうつ病を発症し、出張元・出張先企業の安全配慮義務違反を認めた裁判例を紹介します。

名古屋地裁平成20年10月30日判決

 長期出張中の労働者が、うつ病を発症し、所属企業と出張先の企業の両方に、損害賠償を請求した事案です。所属企業と出張先の①どちらかが安全配慮義務を負うのか?②両方が負うのか?が問題になりました。

事案の概要

 被告Y2は自動車等の製造・販売を目的とする株式会社であり、被告Y1は自動車等の輸送機器用の電気・電子部品等の製造・販売等を目的とする株式会社である。

 原告は、昭和60年3月、A専門学校を卒業後、同年4月に被告Y1に入社した。平成8年1月以降、原告の職能資格はS3級(係長補佐格)であった。

 原告は、平成11年8月24日から平成12年8月29日までの間、被告Y2本社第4開発センター第3機能設計室へ長期出張し、被告らが共同開発するコモンレール式電子制御ディーゼルエンジンの開発業務に従事した。同不具合対策業務につき、原告に対する業務上の指示は、主に被告Y2本社従業員である第3機能設計室のB主担当員が行っていたが、B主担当員の上司であるC主査(被告Y2本社従業員も、原告に対し、直接、業務状況の確認をすることもあった。

 原告は、平成12年4月ころ、けん怠感や憂鬱感を覚えるようになり、そのころ、「うつ状態」となった。

 原告は、同月ころから、従前と同じ業務をB主担当員らの指示のもとで行う一方で、被告Y2内に長期出張中の被告Y1従業員で一つのチームが作られ、被告Y1従業員であるD主任部員をリーダーとして、チームとして仕事を割り当てられる方式で、第2世代コモンレール式エンジンと、それに搭載予定の排気ガス処理装置の担当を受け持つこととなった。なお、発足当初のチームのメンバーは、D主任部員、E及び原告の3名であり、平成12年7月からFが、同年10月からさらに2名の者が加わった。

 上記被告Y1チームとしての業務について、原告に対する業務上の指示は、B主担当員のもと、直接にはD主任部員が行うこととなった。

 原告は、平成12年5月ころ、総合病院において、結核のため投薬治療の必要があるという診断を受け、同病院内科への通院を開始した。このとき、原告は、D主任部員に対し、結核の治療のため定期的な通院が必要となったことを伝え、業務上の配慮を求めた。

 原告は、平成12年6月ころ、寝付きが悪いうえに、早朝、覚醒するという睡眠障害が起こり、うつ病ではないかと考え、同月5日、総合病院に赴いた。そして、同病院の精神科において「うつ状態」と診断され、通院を開始した。このとき、原告は、D主任部員に対し、医師から「うつ状態」と診断され、精神科に通院すること、医師から残業を控えるように言われたことを報告し、業務上の配慮を求めた。

 D主任部員は、B主担当員に対し、原告が精神的に参っていることを伝え、業務上の負荷がかからないように配慮して欲しい旨要請はしたものの、原告が精神科に通院していることまでは告げなかった。

 平成12年6月末ころ、原告は、第1世代コモンレール式エンジン関係の業務を終わり、D主任部員の指示のもと、第2世代コモンレール式エンジンの開発を続けるとともに、被告Y2のG担当員の指示のもと、上記エンジンに搭載予定の排気ガス処理装置に関する業務を担当することとなった。その際、D主任部員は、G担当員に対し、原告が精神的に参っており、業務上の負担軽減を求められていることを告げなかった。

 原告は、平成12年8月ころ、夏休み明けから、「うつ状態」により、けん怠感が増し、会社の駐車場から職場まで歩くのも苦しい状態となり、同月30日から同年10月27日まで欠勤した(「第1回休職」)。なお、このときの欠勤は、同年8月30日から同年9月30日までの23日間が年次有給休暇、同年10月1日から同月27日までが「やすらぎ休暇」(被告Y1においては、前年度から繰り越された年次有給休暇を当年度内に使用しない場合に、その残存日数を最高20日まで積み立てることができ、その積み立てられた有給休暇を「やすらぎ休暇」という。やすらぎ休暇は、本人、配偶者、子女、本人又は配偶者の父母の傷病の治療、看護のためにのみ使用することができるものとされている。)の取得によるものとして扱われた。

 原告は、平成12年10月30日(同月28日及び29日は、被告Y1の所定休日)、被告Y1のディーゼル噴射技術1部第1技術室に復職した。このとき、原告は、被告Y1に対し、総合病院医師作成の傷病名「うつ状態」、回復状況「略治」とし、平成12年10月30日から復職可能とする就業意見書を提出したが、同就業意見書の就業に当たっての注意事項欄には「特に注意事項なし」と記載されていた。

 原告は、平成13年1月6日、「うつ状態」の症状が消失したため、「うつ状態」治療のための通院を終了し、原告の「うつ状態」は一旦寛解した。

 平成14年5月中旬、原告の業務担当が変更され、原告は、Hをチームリーダーとし、I、J及び原告の4名で構成されるチームの一員となり、平成16年に量産予定のY2車である甲の開発業務に携わった。甲は、平成14年3月に量産開始となった第2世代コモンレール式エンジンを搭載し、新興国向けに大幅なコストダウンを図った新車であり、コモンレールシステムについてはコスト削減のために減圧弁を廃止する改良を行った。この開発において、原告は、エンジンの制御系を担当し、他の者が別のエンジンについて開発した制御方式を甲用に適合させる業務を一人で担当することとなった。ここにおける原告の主な任務は、減圧弁を廃止することで圧力を下げる機能がなくなることに伴う、騒音や減圧性能の悪化などの問題へ対応することであった。

 平成14年7月4日ころ、被告Y2において、甲の開発会議が開かれた。同会議は、甲を市場に出すために積極的に推進するか否かの方針を決める重要なものであった。他方、原告は、この前後ころから気分が落ち込み、睡眠障害が現れるようになり、同月ころ「うつ病」を発症した。

 平成14年7月29日、原告は、被告Y1の産業医の診察を受け、同医師から「うつ病」との診断を受けた。そして、同医師からクリニックの紹介を受け、同年8月5日から同クリニックに通院するようになった。

 原告は、「うつ病」により同年8月28日から同年10月11日まで及び同月25日から平成15年2月28日まで再び欠勤した(「第2回休職」)。なお、このときの原告の欠勤は、同年8月28日から同年9月13日までは年次有給休暇の取得によるもの、同年9月16日から同年10月14日まで及び同月25日から平成15年2月28日までは病気欠勤として扱われた。

 原告は、平成15年3月1日、被告Y1・ディーゼル噴射技術1部第2技術室に復職した。このとき、原告が被告Y1に提出した平成15年3月1日から就業可能とする就業意見書には、就業に当たっての注意事項として、①平成15年4月30日までの残業勤務禁止、②平成15年12月31日までの週1回の通院加療を必要とすること、③当分の間、仕事量を軽減する必要がある旨の記載があった。

裁判所の判断

 裁判所は、長時間労働とうつ病の発症との因果関係を認めた上で、安全配慮義務違反について、以下のように判断しました。

 原告は、本件長期出張中、被告Y2本社第3開発センター第32エンジン設計室に配属され、同所において業務を行い、被告Y2従業員であるB主担当員から直接又は間接に業務上の指示を受けて勤務したことが認められる。このように、原告は、被告Y2社内で、被告Y2の施設及び器具を使い、被告Y2従業員の指示に従って業務を遂行していたのであるから、被告Y2には、信義則上、原告の業務の管理にって、原告の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負っていたと認めるのが相当である。このことは、原告の労働時間の管理及び健康診断などが被告Y1で行われていたことによっても変わりはない。

 また、被告Y1は原告を雇用し、自らの業務の遂行のため原告を被告Y2に出張させ、その間も原告の労働時間の管理等を行っていたのであるから、原告に対し、雇用契約上の付随義務として、健康上の安全配慮義務を負っているものと認めるのが相当である。

 以上を前提に、第1回うつ病について、両者の安全配慮義務違反を認めました。

 平成11年12月、原告がB主担当員に対し、「現在の負荷では、私一人では対応できません。」と述べたことにより、被告Y2は、原告に対し、業務の軽減、その他何らかの援助を与えるべき義務が生じ、その後も、原告の業務遂行の状況や健康状態に注意し、援助を与える義務があったというべきであり、それにもかかわらず、少なくとも原告が第1回うつを発病するまでこれを怠っていたのであるから、同義務の不履行がある。

 被告Y1は、平成11年11月には、原告に対し、業務の軽減、その他何らかの援助を与えるべき義務が生じ、その後も、原告の業務遂行の状況や健康状態に注意し、援助を与える義務があったというべきであり、それにもかかわらず、少なくとも原告が第1回うつを発病するまでこれを怠り、また、遅くとも平成12年3月には被告Y1に帰社させるべきであったのに、かえって長期出張の延長をしたのであるから、同義務の不履行がある。

 一方で、第2回うつについては、両者とも安全配慮義務違反を認めませんでした。

 安全配慮義務とは人的物的環境の整備義務であるところ、原告は、本件長期出張終了後は、被告Y1社内で被告Y1の指揮系統の中で業務を行っていたものであり、被告Y2が、直接、原告の業務を指揮したことはなく、かつ、被告Y2から被告Y1へ依頼された作業が原告の分担となるのは被告Y1内の業務分担の問題であることから、原告の業務について人的物的環境を整備していたのは被告Y1であり、被告Y2に原告に対する安全配慮義務があったものとはいえない。このことは、安全配慮義務違反を債務不履行と構成するにしろ、不法行為として構成するにしろ、結論を左右するものではない。

 したがって、被告Y2は、第2回うつによる原告の損害について賠償義務を負わない。

 原告の1回目の復職時、医師からは特に業務制限などの指示はなく、原告は復職後2か月半で寛解となり、通院を打ち切ったこと、被告Y1は、原告が復職してから約1年半の間、業務の種類について配慮を行ったものの、その間、相当長期間の残業を含め、1年以上にわたって問題なく勤務していたこと、原告の業務内容が変わったのは平成14年5月中旬であり、体調が悪くなったと感じたのは、その2か月弱後の平成14年7月上旬であるところ、同月29日には、被告Y1の産業医に何故もっと早く病院へ行かなかったのかと言われるほど悪化し、同年8月には休職に至っているなど、原告の業務内容が変わってから第2回うつ発症・休職は極めて短期間に進行しているところ、前記程度の業務内容の変化や負担の増加でごく短期間のうちに原告の心身の健康に障害が生じるおそれがあると予見することは困難である。また、被告Y1は、原告のうつ病が再発したという報告を受けた後は業務負担軽減を行っている。そうすると、被告Y1には原告の第2回うつ発症及び休職を予見し、適切な配慮を行うべき義務を怠ったとは認められない。


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