労働災害の上積み保障との関係で、団体定期保険に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁平成18年4月11日判決
労働災害が発生した場合、使用者が労働者に対して、労災保険の上積み保障として、傷害保険や生命保険に加入している場合があります。
以下の「労災の上積み保障と損害賠償」も参照
この保険の受給権とめぐり、使用者と労働者との間で争いが生じることがあります。この判決は、死亡した労働者の遺族が、会社に支払われた団体定期保険の保険金の支払いを求めた事案です。
事案の概要
Yは、非鉄金属部品の製造、販売等を業とする株式会社であり、従業員は約3,200人である。Yは、昭和48年以降、団体定期保険契約を締結するようになり、従業員らの死亡当時、A、B、C、D、E、F、G、H及びIの各生命保険会社との間で、それぞれ、保険契約者兼保険金受取人をY、被保険者をYの従業員全員とする団体定期保険契約を締結していた。
本件各保険契約には商法674条1項所定の被保険者の同意が要求されるところ、Yは、その従業員によって組織される労働組合であるJの執行部役員に対し、労働協約に基づく従業員への給付制度の財源対策として、従業員全員を被保険者としYを保険金受取人とする団体定期保険に加入するという程度の説明を、口頭で簡単にしたことにより、被保険者となる従業員全員の同意に代えていた。そして、第Yも、上記労働組合も、その従業員、組合員に対し、本件各保険契約を周知させる措置を執ったことはなく、同労働組合の執行部役員の経験者を除いて、Yの従業員のほとんどの者は、本件各保険契約の存在さえ知らず、自らがその被保険者となっていることの認識もなかった。
団体定期保険の運用については、かねてから、保険契約の存在や保険金支払の事実を従業員又はその遺族に知らせなかったり、保険会社から資金の貸付けを受ける見返りとして、従業員が死亡しても保険金を請求しないなどの不適切な事例がみられたことから、当時の監督官庁である大蔵省は、生命保険各社に対し、団体定期保険の本来の趣旨に沿った運用を行うことを徹底するよう行政指導を行ってきた。これを受けて、生命保険各社は、平成4年3月以降、保険契約者に対し、福利厚生制度のうちいかなる給付制度との関係で契約を申し込むものか申込書等に明示するよう求めて契約の趣旨を明らかにさせるとともに、保険契約者との間で協定書等を取り交わすことにより、保険金の全部又は一部を社内規定に基づいて遺族に支払う金員に充当することを確約させるという取扱いを実施するようになった。これ以後、Yにおいても、団体定期保険の主たる目的が、受領した保険金を従業員に対する福利厚生制度に基づく給付に充てることにあり、保険金の全部又は一部を社内規定に基づく給付に充当すべきことを認識するに至った。もっとも、Yが団体定期保険契約を締結した主な動機は、生命保険各社との関係を良好に保つことで、設備資金等の長期借入金の融資を受けやすくすることを意図したものであり、これを従業員の福利厚生のために役立てるなどして有効に活用しようとする意識に欠け、受領した配当金及び保険金は、これを漫然と保険料の支払に充当するにすぎなかった。
なお、Yが、毎年度、本件各保険契約に基づいて受領する配当金及び保険金の総額は、本件各生命保険会社に支払う保険料の総額の75~90%程度にすぎず、その収支は常に赤字であった。
Xらは、死亡当時Yの従業員であった下記3名のそれぞれの妻であり、夫の死亡により、本訴請求に係る地位を単独で相続した。その死亡保険金及び社内規定に基づく死亡時給付金の支払状況は、以下のとおりである。
Kは平成6年6月13日に脳こうそくにより死亡した。Yは、本件各保険契約に基づく同人の死亡保険金として、本件各生命保険会社から計6,120万円を受領する一方、社内規定に基づき、X1に対し、退職金1,093万4,000円、葬祭料65万6,000円、慶弔金5万円、以上合計1,164万円を支払った。
Lは平成6年7月10日にすい臓がんにより死亡した。Yは、本件各保険契約に基づく同人の死亡保険金として、本件各生命保険会社から計6,120万円を受領する一方、社内規定に基づき、X2に対し、退職金1,196万4,000円、葬祭料87万1,000円、慶弔金5万円、以上合計1,288万5,000円を支払った。
Mは平成6年12月21日に肝臓がんにより死亡した。Yは、本件各保険契約に基づく同人の死亡保険金として、本件各生命保険会社から計6,090万円を受領する一方、社内規定に基づき、X3に対し、退職金736万8,000円、葬祭料71万5,000円、慶弔金5万円、遺児福祉年金75万円、以上合計888万3,000円を支払った。
Xらは、Yに対し、それぞれの夫の死亡により支払われた保険金の全額に相当する金員の支払を求めるた。Xらは、その根拠として、①Yは、本件各保険契約に基づく死亡保険金が支払われた場合には、その全部又は相当部分を死亡従業員の遺族に支払う旨の明示又は黙示の合意をした、②Yは、労働契約に付随する信義則上の義務として、本件各保険契約に基づいて支払を受けた保険金を被保険者の遺族に支払う義務があるなどと主張する。
最高裁の判断
最高裁は、遺族の請求を認めませんでした。
団体定期保険契約は、他人の死亡により保険金の支払を行うものであるところ、このような他人を被保険者とする生命保険は、保険金目当ての犯罪を誘発したり、いわゆる賭博保険として用いられるなどの危険性があることから、商法は、これを防止する方策として、被保険者の同意を要求することとする一方、損害保険のように、金銭的に評価の可能な被保険利益の存在を要求するとか、保険金額が被保険利益の価額を超過することを許さないといった観点からの規制は採用していない。
Yが、被保険者である各従業員の死亡につき6,000万円を超える高額の保険を掛けながら、社内規定に基づく退職金等としてXらに実際に支払われたのは各1,000万円前後にとどまること、Yは、生命保険各社との関係を良好に保つことを主な動機として団体定期保険を締結し、受領した配当金及び保険金を保険料の支払に充当するということを漫然と繰り返していたにすぎないことは、上記のとおりであり、このような運用が、従業員の福利厚生の拡充を図ることを目的とする団体定期保険の趣旨から逸脱したものであることは明らかである。しかし、他人の生命の保険については、被保険者の同意を求めることでその適正な運用を図ることとし、保険金額に見合う被保険利益の裏付けを要求するような規制を採用していない立法政策が採られていることにも照らすと、死亡時給付金としてYから遺族に対して支払われた金額が、本件各保険契約に基づく保険金の額の一部にとどまっていても、被保険者の同意があることが前提である以上、そのことから直ちに本件各保険契約の公序良俗違反をいうことは相当でなく、本件で、他にこの公序良俗違反を基礎付けるに足りる事情は見当たらない。
Yが、団体定期保険の本来の目的に照らし、保険金の全部又は一部を社内規定に基づく給付に充当すべきことを認識し、そのことを本件各生命保険会社に確約していたからといって、このことは、社内規定に基づく給付額を超えて死亡時給付金を遺族等に支払うことを約したなどと認めるべき根拠となるものではなく、他に本件合意の成立を推認すべき事情は見当たらない。むしろ、Yは、死亡従業員の遺族に支払うべき死亡時給付金が社内規定に基づく給付額の範囲内にとどまることは当然のことと考え、そのような取扱いに終始していたことが明らかであり、このような本件の事実関係の下で、Yが、社内規定に基づく給付額を超えて、受領した保険金の全部又は一部を遺族に支払うことを、明示的にはもとより、黙示的にも合意したと認めることはできないというべきである。原審は、合理的な根拠に基づくことなく、むしろその認定を妨げるべき事情が認められるにもかかわらず、本件合意の成立を認めたものであり、その認定判断は経験則に反するものといわざるを得ない。