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過労自殺の労災認定基準と安全配慮義務


過労自殺の安全配慮義務に関する最高裁判決を紹介します。

最高裁令和7年3月7日判決

 自殺した警察官の遺族が、自殺は過重な業務によるものであり、自殺により精神的苦痛を被ったとして、県に対して、国家賠償請求訴訟を提起した事案です。

 本件では、公務災害の精神障害の認定基準の「質的に過重な業務を行った」を満たしていないことから、過労自殺について、安全配慮義務違反の有無が問題になりました。

事案の概要

 A警部補は、平成15年4月に県警察に採用され、平成22年3月にB警察署地域課に配属となり、その後、同警察署中央交番の交番長として勤務していたが、平成24年3月10日に自殺した。

 A警部補が勤務していた当時の中央交番における勤務制及び時間外勤務時間等の管理は、次のとおりであった。

 中央交番の交番長を含む勤務員の勤務制は、3班に分かれて①当直、②非番及び③週休(又は日勤)を繰り返す交替制勤務とされていた。①当直とは、午前9時から翌日午前9時までの間(そのうち合計8時間30分は仮眠時間を含む休憩時間)、警ら、立番及び巡回連絡に加え、発生した事件事故の処理等の業務に従事するというもの、②非番とは、当直の勤務を終えた後、その日の当直の勤務を行う班が到着するまで中央交番に待機して引継ぎをした上で、B警察署に赴いて所定の報告等を行うことで勤務終了となるというもの、③週休(又は日勤)とは、非番の翌日について、原則として週休日を割り振られるが、1か月に1、2回、日勤として、午前9時から午後5時45分までの間(そのうち1時間は休憩時間)、当直と同様の業務に従事するというものであった。

 中央交番の勤務員は、勤務日誌に勤務別、勤務時間、活動内容等を具体的に記載することとされており、その勤務日誌は、B警察署の地域課長、副署長、署長等に回覧されていた。

 また、中央交番の勤務員は、毎月、正規の勤務時間以外に業務に従事した時間があるときは、当該日における勤務形態、勤務時間、時間外勤務時間、従事内容等を記載した時間外勤務実績報告書を作成し、地域課長に提出することとされていた。地域課長は、A警部補の上司に当たる者であり、A警部補から同人に係る時間外勤務実績報告書の提出を受けていた。

 A警部補の中央交番における業務の内容、時間外勤務の状況等は、次のとおりであった。

 A警部補は、中央交番の交番長として、勤務員の業務に加え、第1審判決別紙2「交番長の職務」記載の業務に従事していた。

 中央交番管内では平成23年4月頃から住居侵入窃盗事件が連続して発生していたところ、A警部補は、平成24年2月7日に連続窃盗事件の捜査に専従する捜査班が編成された後も、正規の勤務時間以外の時間に自主的な見回りをしていた。A警部補は、これについて、時間外勤務実績報告書に記載して地域課長に提出し、時間外勤務を行ったものと扱われていた。

 県警察においては、警察学校初任科課程を修了した実習生を対象とする職場実習が実施されており、実習生は原則として単独で職務の執行をすることができないため、実習生が何らかの業務に従事する場合には職場実習指導員が同行指導等をする必要があるとされていた。中央交番では、勤務員2名が上記捜査班に所属することになり、それに代わって実習生2名が配置された。A警部補は、平成24年2月5日、職場実習指導員に指名され、以後、職場実習指導員の業務にも従事した。

 A警部補は、平成24年3月期の異動に関し、B警察署から異動になるとの見込みを持ち、同年2月頃から、週休日等に中央交番に出勤し、静岡県警察において異動の際に作成することとされていた引継書の作成等の作業を行った。

 A警部補は、平成23年11月、オランダでの海外研修について県警察からの唯一の参加者として選出された。

 A警部補は、平成23年12月18日、平成24年1月15日及び同年2月26日に各回4時間程度実施された事前会合に参加したほか、本件研修において英語で行うプレゼンテーションの準備作業にも従事した。本件研修準備は、A警部補の県警察における業務に当たるものであった。

 A警部補の自殺前6か月の間における1か月ごとの時間外勤務時間数は、原判決別紙2「A警部補の勤務時間(裁判所認定)」中の「1 労働時間合計」の表の「時間外労働時間数」欄のとおりであり、自殺直前から遡って、順に112時間15分、42時間38分、60時間30分、72時間57分、81時間30分、23時間であった。

 また、A警部補の自殺直前の1か月間における勤務状況は、同別紙中の「2 発症1か月前(平成24年2月10日~同年3月10日)」の表の「当審の認定」欄のとおりであった。A警部補は、平成24年2月11日から同月24日まで14日間連続して勤務を行い、1日の週休日を挟んで、再び同月26日から同年3月10日(自殺の当日)まで14日間連続して勤務を行った。これらの連続勤務には、それぞれ5回の当直の勤務が含まれており、A警部補は、各当直明けの非番の日にも、平均して5時間42分の勤務を行った。

 A警部補は、平成23年12月頃、静岡県警察において導入されていたストレス診断を受検したところ、その結果は、総合評価が最低評価であるE(かなり悪い)であった。A警部補は、地域課長にその旨を伝えたが、これにより何らかの対応がされることはなかった。A警部補は、遅くとも平成24年3月上旬の時点において、うつ病エピソードを含む精神疾患を発症していた。

原審の判断

 原審は、損害賠償責任を認めませんでした。

 A警部補は、中央交番の交番長としての業務に加え、連続窃盗事件見回り、職場実習指導員の業務、引継作業及び本件研修準備に従事していたが、これらをもって、「質的に過重な業務を行った」とはいえないから、A警部補の自殺と同人が従事した静岡県警察における業務との間に相当因果関係があるとは認め難く、また、地域課長を含むA警部補の上司らにおいて、A警部補が県警察における業務により心身の健康を損なって自殺するに至ることを具体的、客観的に予見することができたともいい難い。したがって、被上告人は、A警部補の自殺について、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負わない。

最高裁の判断

 最高裁は、原審の判断を覆し、損害賠償責任を認めました。

 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである。この理は、都道府県とその都道府県が置く都道府県警察の警察官との間においても別異に解すべき理由はない。そして、上記警察官に対し職務上の指揮監督を行う権限を有する者がその権限を行使するに当たって上記注意義務に違反したことを理由として、上記都道府県が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、上記警察官が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきものであり、その際には、認定基準において示されている知見をしん酌し得るものではあるが、認定基準が示す要件に該当しないことをもって直ちに上記損害賠償責任が否定されるものではない。

 A警部補は、自殺直前の約1か月間に、県警察における業務として、それ以前から行っていた中央交番の交番長としての業務に加えて、職場実習指導員の業務にも従事することとなった上、連続窃盗事件見回りをしていたほか、本件研修準備という中央交番の交番長としての業務とは異なる内容の業務にも従事していた。その結果、A警部補の自殺直前の1か月間における時間外勤務時間数は、その前の1か月間における約43時間から、その倍以上に増加して112時間を超えるに至っており、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務の量は、従前から行っていた業務に相当程度の負荷を伴う複数の業務が加わることによって大きく増加していたといえる。また、A警部補は、3班に分かれての交替制勤務を行う中で、自殺直前の1か月間に、僅か1日の休みを挟んで14日間もの連続勤務を2回にわたり行っており、これらの連続勤務の中には、拘束時間が24時間に及ぶ当直の勤務がそれぞれ5回含まれていた上、A警部補は、各当直明けの非番の日にも相当の時間の勤務を行ったというのであるから、このような勤務の態様からしても、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。以上によれば、A警部補は、上記の時期に、精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務に従事していたということができるところ、A警部補が発症したうつ病エピソードについて、上記業務のほかには、その発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれない。そうすると、A警部補が従事した県警察における過重な業務がA警部補の精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性があると認めるのが相当である。そして、A警部補の上司らは、A警部補が、管内で連続窃盗事件が発生している中央交番の交番長を務めつつ、職場実習指導員に指名され、本件研修の参加者にも選出されたことを当然に把握している立場にあった上、中央交番の勤務日誌を閲覧し、地域課長においてA警部補から時間外勤務実績報告書の提出も受けていたものであり、それにもかかわらずA警部補の上司らがA警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができたというべきである。そして、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があり、労働者が精神疾患を発症した場合には、その病態として自殺念慮が出現する可能性のあることは、A警部補が中央交番に勤務していた当時においても広く知られていたし、A警部補が自殺の3か月ほど前に受けたストレス診断で最低評価となっていたことも地域課長は知っていたのである。したがって、A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。

 A警部補の上司らは、A警部補に対する職務上の指揮監督権限を有する者として、その権限を行使するに当たって、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してA警部補がその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたにもかかわらず、当該注意義務を怠ったというべきであり、これによってA警部補が精神疾患を発症して自殺するに至ったということができる。

 したがって、被上告人は、上告人らに対し、A警部補の自殺により上告人らが被った損害について、A警部補の上司らが上記注意義務に違反したことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。


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