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精神障害の損害賠償(労災の判例)


過重労働によって、うつ病を発病・悪化した労働者が使用者に損害賠償を求めた事案で、過失相殺に関する最高裁判決を紹介します。

東芝うつ病事件(最高裁平成26年3月24日判決)

 過重労働によって、精神障害を発症・悪化させた労働者が、使用者である会社に対して、安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求を求めた事案です。労働者が自らの精神的健康に関する情報を申告しなかったことを理由に過失相殺をすることができるか?が争われました。

事案の概要

 会社は、本件工場において、遅くとも平成12年11月頃から、当時世界最大のサイズのガラス基板を用いる液晶ディスプレイの製造ラインを構築するプロジェクトを立ち上げ、「垂直立上げ」という標語を掲げ、人材を集中させて同13年4月までの短期間で成功することを目指していた。本件プロジェクトにおける上告人を含む技術担当者の主な業務は、設備メーカーと共同で製品の良品率や生産性を向上させるために製造装置の運転条件を調整する作業であった。

  上告人は、本件プロジェクトの一つの工程において初めてプロジェクトのリーダーになった。上告人は、本件プロジェクトへの従事中、休日に出勤することも多く、帰宅が午後11時を過ぎることも増えた。

  上告人は、入社後5年目くらいから不眠の症状が現れ、平成9年及び同11年の定期健康診断(以下、各種の健康診断はいずれも会社におけるものをいう。)で生理痛を訴えていたが、同12年5月の健康診断で不眠を訴え、同年6月、本件工場の診療所で不眠症と診断されてこれに適応のあるレンドルミンを処方され、同月の定期健康診断で易疲労、首の痛み、生理痛等を訴え、経過観察とされた。また、上告人は、同年7月、自宅近くの内科の医院で慢性頭痛と診断され、筋収縮性頭痛、抑鬱及び睡眠障害に適応のあるデパス錠、神経症における抑鬱に適応のあるセルシン錠等を処方され、同年8月にも不眠を訴えて上記医院を受診した。さらに、会社は、被上告人が開設する社外の電話相談窓口に相談したのを契機に、同年12月、神経科の医院を受診し、頭痛、不眠、車酔いの感覚等を訴え、神経症と診断されてデパス錠を処方された。

 本件プロジェクトは、平成13年1月、様々な工程においてトラブルが発生して遅れが生じたため、上告人が担当する作業も遅れた。

  上告人は、2月、繰り返し開催された対策会議に参加し、その会議において、本件配属部の部長に次ぐ地位にある参事から、自らが担当する工程の作業につき設定した期間について遅いと言われてこれを短縮するよう指示された。上告人は、前倒しは無理である旨答えたが、会議の出席者らが上記参事に異議を述べたり上告人に助言をしたりすることはなかった。

  本件プロジェクトは、3月1日の時点で、当初の計画よりも4週間遅れており、上告人の担当する工程においても、同月中旬に装置のトラブルが発生し、上告人はその対応に追われた。上告人は、同月6日に試作品の良品率を改善するための製造条件の調整を行うよう指示を受けたが、2日後の会議でその検討状況の報告をしなかったところ、本件配属部の総合調整担当の主務からデータと詳細なスケジュールを提出するよう厳しく督促され、翌日午前1時過ぎまでかかってデータの収集等を行って上記のスケジュールを記載した書面を提出した。

  上告人は、本件プロジェクトの立上げ後、4月までの間に、平成12年12月に75時間06分、1月に64時間59分、2月に64時間32分、3月に84時間21分、4月に60時間33分の時間外労働をそれぞれ行っていた。

 上告人は、3月15日及び4月24日、被上告人において労働時間が一定の時間を超えた従業員につき実施される時間外超過者健康診断を受診し、自覚症状として頭痛、めまい、不眠が時々あるなどと回答したが、会社の産業医は、いずれも特段の就労制限を要しないと判断した。

  上告人は、4月11日、本件医院を受診し、不眠等を訴え、不安感や抑鬱気分も認められ、デパス錠を処方されたが、鬱病に罹患しているとの確定的な診断はされていなかった。上告人は、3月ないし4月頃、ふらふらと疲れているという自覚を持っていたが、そのことを職場の同僚等に言ったことはなかった。

 上告人の担当する工程においては、3月末日までに製造ラインを稼働させる計画が変更されて業務量も減少していたことなどから、5月、技術担当者が1名減員されたが、この減員の理由は上告人には説明されなかった。課長は、同月中旬から、上告人に対し、従前の本件プロジェクトの業務に加え、異種の液晶ディスプレイの開発業務及び液晶ディスプレイにおける特定の技術上の支障に関する問題の対策業務を担当するよう指示した。

  上告人は、5月以降、引き続き本件プロジェクトに携わるとともに、異種製品の開発に関する会議にも出席したが、その開発の詳細な内容を知らされておらず、また、製品の出荷に向けて開発過程につき社内の承認を得るためのプロセス開発承認会議を担当した経験がなかったことから、異種製品の開発に関する知識の習得とともに、準備に通常2,3か月を要する承認会議のための資料の作成等に相当の時間を割くことになった。上告人は、同月頃から、同僚の技術担当者から見ても、体調が悪い様子で、仕事を円滑に行えるようには見えなかった。

  上告人は、課長から技術支障問題に関する会議にも出席するよう命ぜられ、5月15日に行われたその会議に出席したが、その後、異種製品の開発業務だけでも相当の業務量があるとして、技術支障問題の対策業務の担当を断った。その後、上告人は、同月22日、承認会議に向けた打合せに出席し、翌23日、有給休暇を取得したが、激しい頭痛に見舞われ、その週の残りの日を欠勤した。上告人は、翌週の28日、課長に電話をかけ、頭痛等の体調不良のためその週の全日を休むと伝えて欠勤し、予定されていた承認会議に出席できなかった。上告人は、6月4日、出勤したところ、担当を断った技術支障問題の対策業務について自分が担当者とされていることを知り、再度その業務の担当を断った。

 上告人は、6月から、頭痛、不眠、疲労感等の症状が重くなったため、定時に退社したり、本件医院に定期的に月数回の通院を始めて抑鬱等に適応のあるアビリット錠等の処方を受けるようになった。

  上告人は、6月7日、時間外超過者健康診断を受診し、自覚症状として頭痛、めまいがいつもあり、不眠等が時々ある旨回答した。その際、産業医は、上告人から、体調を崩して1週間休んでいたが課長からもう大丈夫だろうと言われて仕事を増やされた旨を聞いたが、「まあ、1週間休んだということで。」と述べ、それ以上の対応をしなかった。上告人は、同月12日、定期健康診断を受診し、問診に係る自覚症状について、いつも頭が痛く重い、心配事があってよく眠れない、いつもより気が重くて憂鬱になるなど13項目の欄に印を付けて申告した。

  上告人は、6月下旬頃、体調不良のため、課長に対し、異種製品の開発業務の担当を断ろうとしたが、課長の了解を得ることができなかった。

 上告人は、7月初旬、異種製品の開発に関する関係部署への説明や会議資料の作成等に追われ、同月5日の承認会議及び同月6日の当該製品に係る関係部署の承認を得るための会議に出席し、当該製品について承認を得た。上告人は、これらの会議等の後に体調を崩し、同月9日に欠勤した後、課長に対し、異種製品の開発業務に関する上告人の担当業務の範囲を限定するよう求め、課長もこれを了承したが、後任者が決まらなかったため、上記の担当業務の範囲は限定されない状態が続いた。

  上告人は、7月中旬頃、頭痛のために眠ることができず、頭痛薬を連日服用するようになった。上告人は、同月17日、時間外超過者健康診断を受診し、自覚症状として頭痛、めまい、不眠がいつもある等と回答した。

  上告人は、7月28日から8月6日まで有給休暇等を利用して休養をとり、翌7日に出勤したが、会社にいることが嫌でたまらなく、なぜこんなに苦しいのに働くのかという思いになり、この頃、課長や同僚の技術担当者からは、元気がなく席に座って放心したような状態であるなど普段とは違う様子であると認識され、大丈夫かと声をかけられたことがあった。

 上告人は、8月10日に課長に勧められて会社のメンタルヘルス相談を受診し、同月11日から同月15日まで夏季休暇を利用して療養した後、同月24日に本件医院からしばらく休んで療養するようにと助言されたのを受けて、9月3日に1か月の休養を要する旨を記載した本件医院の診断書を提出して休暇の手続を執り、同月末まで休暇を取得して勤務に就かなかった。

  上告人は、10月1日から1週間にわたり出勤したが、頭痛が生じたため再び療養することとし、同月9日以降、抑鬱状態で約1か月の休養を要するなどと記載した本件医院の診断書をほぼ毎月提出して欠勤を続け、定期的な上司との面談等を経て、職場復帰の予定で平成14年5月13日に半日出勤したが、翌日から再び上記と同様に欠勤を続けた。

  会社は、上告人の欠勤期間が就業規則の定める期間を超えた平成15年1月10日、上告人に対し、休職を発令し、定期的な上司との面談等を続けたが、その後も上告人が職場復帰をしなかったため、同16年8月6日、上告人に対し、休職期間の満了を理由とする解雇予告通知をした上、同年9月9日付けで解雇の意思表示をした

最高裁の判断

 最高裁は次のように、労働者が会社に対して、精神的健康に関する情報を申告しなかった事実を過失相殺として考慮しないと判断しています。

 上告人が会社に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。

 使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。

 また、本件においては、過重な業務が続く中で、上告人は、平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において自覚症状として頭痛、めまい、不眠等を申告し、同年5月頃から、同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず、同月下旬以降は、頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して予定されていた重要な会議を欠席し、その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い、従業員の健康管理等につき被上告人に勧告し得る産業医に対しても欠勤の事実等を伝え、同年6月の定期健康診断の問診でもいつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を申告するなどしていたものである。

 このように、過重な業務が続く中で、上告人は、体調が不良であることを会社に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから、会社としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。

 これらの諸事情に鑑みると、会社が上告人に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて、上告人が会社に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく、これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。

 会社が安全配慮義務違反等に基づく損害賠償として上告人に対し賠償すべき額を定めるに当たっては、上告人が上記の情報を被上告人に申告しなかったことをもって、民法418条又は722条2項の規定による過失相殺をすることはできないというべきである。

 本件鬱病は上記のように過重な業務によって発症し増悪したものであるところ、上告人は、それ以前は入社以来長年にわたり特段の支障なく勤務を継続していたものであり、また、上記の業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて複数の争訟等が長期にわたり続いたため、その対応に心理的な負担を負い、争訟等の帰すうへの不安等を抱えていたことがうかがわれる。これらの諸事情に鑑みれば、上告人について、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない(電通事件最高裁判決参照)。

  以上によれば、会社の安全配慮義務違反等を理由とする上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用によりその額を減額した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。


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