損害賠償から労災保険の休業補償給付を損益相殺するに当たって,遅延損害金から充当することができると判断した裁判例を紹介します。

東京高裁平成28年8月31日判決

 東芝うつ病事件の差戻審です。最高裁平成27年3月4日大法廷判決は,損害賠償における労災保険の損益相殺に関して,原則,元本から充当すると判断し,遅延損害金から充当できる場合は,「制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情」がある場合に限られます(損害賠償と労災保険の損益相殺に関する最高裁判決参照)。

事案の概要

 1審被告の従業員であった1審原告が,鬱病に罹患して休職し,休職期間満了後に1審被告から解雇されたことにつき,上記鬱病は1審被告における過重な業務に起因するものであるから,上記解雇は労働基準法19条1項本文等に違反する無効なものであると主張して,1審被告に対し,安全配慮義務違反等による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求としての休業損害や慰謝料等の支払及び1審被告の会社規程に基づく見舞金等の支払を求めた事案です。

裁判所の判断

 労災保険法に基づく休業補償給付は,労働者が業務上の事由等による負傷又は疾病により労働することができないために受けることができない賃金を填補するために支給されるものであるから,填補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある休業損害の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであるが,休業損害に対する遅延損害金に係る債権は,飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であって,遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は,休業補償給付の目的とは明らかに異なるものであるから,休業補償給付による填補の対象となる損害が,遅延損害金と同性質であるということも,相互補完性があるということもできない。したがって,遅延損害金との間で損益相殺的な調整を行うことは相当ではないというべきである。

 休業補償給付は,填補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その填補の対象となる損害はそれが発生した時,すなわち,本件でいえば,各月分の休業損害について,これが発生する翌月25日(本来の賃金の支払期日)に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである。

 なお,1審原告は,上記の特段の事情がある場合には,休業補償給付を休業損害の遅延損害金に先に充当すべきである旨主張する。しかしながら,上記の特段の事情があるからといって,休業補償給付による填補の対象となる損害が,遅延損害金と同性質のものとなったり,相互補完性が生じるわけではないから,休業補償給付を休業損害の遅延損害金に充当するのは相当ではなく,単に,休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害(元本)が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることができなくなるにすぎないと解するのが相当である。したがって,1審原告の上記主張を採用することはできない。

 支給期間が平成13年9月4日(実際には平成14年9月8日分から)から平成16年7月30日までの休業補償給付672万0012円は,支給期間の末日から5年近く経過した平成21年6月11日に支給決定がされており,また,支給期間が平成16年7月31日から平成20年7月31日までの休業補償給付合計1419万7482円は,支給期間から約5年ないし約1年が経過した平成21年7月23日に支給決定がされているところ,厚生労働省の関係通達では,本件のような精神疾病についての休業補償給付の標準処理期間が8か月とされていることなどを踏まえると,上記の支給期間に係る休業補償給付は,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞したというべきであるから,これらの支給期間の休業補償給付に対応する休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることはできないものというべきである。