労災の損害賠償に関して、慰謝料の金額について判断した最高裁判決を紹介します。
長崎じん肺訴訟最高裁判決(最高裁平成6年2月22日判決)
労災認定と損害賠償請求権の消滅時効との関係で紹介した最高裁判決です。原告らが、逸失利益等の財産上の損害は、請求しないと訴訟上で明言しているという事案でした。最高裁は、慰謝料の金額の認定についても判断しています。
事案の概要
炭鉱労務に従事してじん肺にかかった者又はその相続人が、雇用者に対し、財産上の損害の賠償を別途請求する意思のない旨を訴訟上明らかにして従業員一人当たり一律3,000万円の慰謝料の支払を求めた。
事案の詳細については、以下の「じん肺の損害賠償請求と消滅時効」も参照
じん肺の損害賠償請求と消滅時効(労災の損傷賠償)
じん肺にり患した労働者の使用者に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点を判断した最高裁判決を紹介します。
原審の判断
原審は、慰謝料の金額について以下のように判断しています。
A:死者を含む管理4該当者(18名)につき1,200万円
B:管理4該当者のうち鑑定により軽度の障害と判定された者(11名)につき1,000万円
C:管理3該当者(2名)につき600万円
D:管理2該当者(2名)につき300万円
※管理区分については、じん肺法の管理区分参照
最高裁の判断
最高裁は、以下のように判断し、原審が認定した慰謝料の金額は、低すぎると判示しています。
慰謝料とは、物質的損害ではなく精神的損害に対する賠償、いわば内心の痛みを与えられたことへの償いを意味し、その苦痛の程度をかれこれ比較した上、客観的・数量的に把握することは困難な性質のものであるから、当裁判所の先例においても、「慰謝料額の認定は原審の裁量に属する事実認定の問題であり、ただ認定額が著しく不相当であって経験則又は条理に反するような事情でも存するならば格別」であるとされている。
しかし、ここで留意を要するのは、上告人らによる本訴請求は慰謝料を対象とするものであるが、物質的損害の賠償は別途請求するというのではなく、かえって他に財産上の請求をしない旨を上告人らにおいて訴訟上明確に宣明し、上告人ら自身これに拘束されているのが本件であることである。
したがって、上告人らは、被上告人の安全配慮義務の不履行に起因するところの、財産上のそれを含めた全損害につき、本訴において請求し、かつ、認容される以外の賠償を受けることはできないのであるから、本訴請求の対象が慰謝料であるとはいえ、他に財産上の請求権の留保のないものとして、原審が慰謝料額を認定するに当たっても、その裁量にはおのずから限界があり、その裁量権の行使は社会通念により相当として容認され得る範囲にとどまることを要するのは当然である。
以上の考察に立って本件をみるのに、まず、上告人ら元従業員が被上告人の経営する炭鉱において長期間にわたって炭鉱労務に従事した結果、じん肺に罹患したものであること、じん肺が重篤な進行性の疾患であり、現在の医学では治療が不可能とされ、進行する場合の予後は不良であることは、前示のとおりである。
そして管理4該当者はすべて療養を要するものとされているが、前記管理4該当者合計29名の個別の症状の経過及び生活状況に関する原審確定事実によれば、29名のうち、原審がAランクに格付けし慰謝料額1,200万円をもって相当とした者は、症状が重篤で長期間にわたって入院し、あるいは入院しないまでも寝たり起きたりの状態であったり、呼吸困難のため日常の起居にも不自由を来すという状況にあり、そのままじん肺に伴う合併症により苦しみながら死亡した者もあること、また、原審がBランクに格付けし慰謝料額1,000万円をもって相当とした鑑定により軽度障害と判定された者でも、重い咳や息切れ等の症状に苦しみ、坂道等の歩行は困難で、家でも休んでいることが多く、夜間に重い咳が続いたり呼吸困難に陥るため、家族の介護を要するといった状況にあること、29名は総じて、被上告人を退職した後じん肺の進行により徐々に労働能力を喪失して行ったもので、労働者災害補償保険法等による保険給付を受けるまでの間、極めて窮迫した生活を余儀なくされた者が少なくないこと等が明らかである。
これによると、本件において死者を含む管理4該当者の被った精神的損害に対する評価については、一般の不法行為等により労働能力を完全を喪失し、又は死亡するに至った場合のそれに比してさしたる違いを見出すことはできず、したがって、以上の事実関係の下においては、特段の事情がない限り、原審の認定した1,200万円又は1,000万円という慰謝料額は低きに失し、著しく不相当であって、経験則又は条理に反し、慰謝料額認定についての原審の裁量判断は、社会通念により相当して容認され得る範囲を超えるものというほかはない。
この点につき、原判決は種々の事情を挙げているが、被上告人が上告人ら元従業員の雇用者としてその健康管理・じん肺罹患の予防につき深甚の配慮をなすべき立場にあったことを勘案すれば、本件安全配慮義務の履行が必ずしも容易であったとはいい難い一時期があったことその他、原判決説示の被上告人側の事情を考慮しても、なお前記慰謝料額認定についての原審の裁量判断を正当化するには遠く、結局、原審の判断には、損害の評価に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというに帰着する。そして、このことは、管理4該当者の慰謝料額の認定を前提とするとみられる管理3及び管理2該当者各2名の慰謝料額の認定判断にも、同様の違法があることを裏付けるものであって、以上の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。