過労自殺の労災認定に関して、うつ病の診断基準を取上げます。
過労自殺の労災認定
労働者の故意によって、労働災害が生じた場合は、業務起因性が否定されます。したがって、労災と認められません(労災保険法12条の2の2)。通常、自殺は労働者の故意によるものなので、労災とは認められません。
しかし、業務により精神障害を発症した者が自殺した場合は、精神障害により正常な認識・行為選択能力が著しく阻害されている等と推定され、業務起因性を認めるとされています。
つまり、次のような経過をたどれば、労働者が自殺した場合でも、労災と認定されます。
- ①業務による心理的負荷
- 特別な出来事又は具体的出来事の総合評価で「強」のエピソード
- ②精神障害の発症
- ICD-10のF2~F4の精神障害を発症
- ③自殺
- 精神障害により、正常な判断能力等を欠くと推定される。
過労自殺の場合、労働者が精神科を受診する前に自殺に及ぶケースが多々あります。その場合は、自殺前の労働者の言動・労働状況等から労働者が精神障害を発症していたことを立証しなければなりません。
ICD-10の診断基準
労災の精神障害の認定基準は、ICD-10の診断ガイドラインに従って判断します。診断ガイドラインの内容を把握しておくことは、労災保険の請求に当たって有用です。ここでは、うつ病の診断ガイドラインを挙げておきます。
(1)典型的な抑うつのエピソード
抑うつのエピソード
①憂鬱な気分が続いている
②何に対しても興味や喜びの気持ちが起きない
③疲労感
(2)他の一般的症状
一般的症状
①思考力、決断力の低下
②無価値感、罪悪感
③希望の喪失
④自殺念慮、自殺企図
⑤睡眠障害
⑥食欲がない
(3)身体症状
身体症状
①普通、楽しめると感じる活動に喜び、興味を失う
②普段より2時間以上早く目が覚める
③午前中に抑うつ気分が強い
④明らかな精神運動抑制、焦燥が客観的に認められる
⑤明らかな食欲減退
⑥過去1年間で5%以上の体重減少
⑦明らかな性欲減退
軽症うつ病エピソード
典型的なうつ病のエピソードである上記(1)のうち少なくとも2つがあり、(2)の一般的症状のうち2つの症状があって、症状の程度が著しくないものは、軽症うつ病ということになります。うつ病と診断されるには、これらの症状が2週間以上継続していることが必要です。
身体症状を伴うものは、(3)の症状のうち4つ以上存在することとされています。
中症うつ病エピソード
(1)のうち少なくとも2つ、(2)のうち3つの症状が存在すると、中症うつ病ということになります。身体症状を伴うものは、(3)のうち4つ以上存在することとされています。
中症うつ病は、通常、社会的・職業的・家庭的活動を続けていくことがかなり困難な状態です。
重症うつ病エピソード
精神病症状を伴わない重症うつ病は、(1)のすべて、(2)のうち4つの症状が存在し、そのうちいくつかの症状が重症であることが診断ガイドラインです。
精神病症状を伴うものは、さらに、妄想や幻覚などの症状が現れます。
かなりの苦痛と激越を示し、自尊心の消失・無価値感・罪悪感を持ちやすくなります。身体症状は、ほとんど常に存在し、社会的・職業的・家庭的活動を続けることはできません。
労災の認定に当たって
過労自殺で精神科への受診歴がない場合、家族や同僚などの証言から、上記の症状に合致するエピソードがないか?を審査することになります。
当時は気づかなくても、振り返ってみれば、そうだったのではないかと気づくことも多く、精神科への受診歴がないからといって、労災保険の請求をあきらめることはありません。