過労死・過労自殺の損害賠償請求に関して、予見可能性の問題を取上げます。
予見可能性とは?
不法行為における過失とは、結果発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要な措置を講じなったと定義されます。つまり、不法行為に基づく損害賠償請求が認められるには、まず、結果発生の予見可能性があることが必要です。
また、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求についても、予見可能性がない場合は、使用者に損害賠償責任は認められません。
どの程度の結果発生を予見している必要があるのか?
予見可能性といっても、結果の発生をどの程度予見していることが必要とされるのでしょうか?この点に関しては、結果発生の具体的危険が存在し、かつ、その結果発生の具体的危険に対する予見可能性が必要というのが支配的な見解です。
過労死・過労自殺の予見可能性
裁判では、主に、精神障害による過労自殺について争われてきました。リーディングケースとなった電通事件最高裁判決も過労自殺の事案です。
ここでの議論は、過労死、脳・心臓疾患の場合もほぼ同様の議論になると考えられます。
電通事件最高裁判決で、最高裁は、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のとおり」であると述べています。このことから、最高裁は、特定の具体的な疾病の発症や死亡という結果まで予見する必要はないと解していると考えられます。
したがって、過労死・過労自殺の場合の予見の対象は、脳・心臓疾患や精神障害を発症する原因となる危険な状態の発生と解すことができます。
具体的には、使用者が、労働者が長時間労働やそれを含む強い心理的負荷を生じさせる過重・過酷な労働に従事していていることを認識していれば、脳・心臓疾患又は精神障害を発症することについての予見可能性が認められます。
精神障害・自殺について予見する必要はない
予見可能性に関して、使用者から精神障害の発症や自殺についてまで予見することはできなかったと主張されることがあります。
最高裁は、「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知」であると述べています。うつ病等の精神障害の発症やうつ病による自殺は、その一態様にすぎません。労働者の健康状態がすでに悪化している場合は、うつ病の発症という結果を避けることができない可能性があります。
したがって、使用者が回避すべきなのは、精神障害を発症する原因となる危険な状態であり、客観的に過重な業務であること及び健康状態の悪化の危険について予見があれば足り、精神障害の発症や自殺についてまで予見している必要はない解されます。