損害賠償の損益相殺について、特段の事情がない限り、労災保険は元本から充当すると判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成27年3月4日大法廷判決
この判決の概要は、すでに紹介しました。
以下の「損害賠償からの労災保険の控除」を参照
損害賠償からの労災保険の控除
労災事故について、会社に損害賠償請求ができる場合、受給した労災保険の給付は損害額から控除されます。労災保険の給付をどのように控除するのか?を解説します。
損害賠償と労災保険の損益相殺について、労災保険給付は、損賠賠償の元本から充当すると判断した判決です。判決の詳細を紹介します。
事案の概要
Aは、ソフトウェアの開発等を業とする会社である被上告人にシステムエンジニアとして雇用されていた。
Aは、長時間の時間外労働や配置転換に伴う業務内容の変化等の業務に起因する心理的負荷の蓄積により、精神障害(鬱病及び解離性とん走)を発症し、病的な心理状態の下で、平成18年9月15日、さいたま市に所在する自宅を出た後、無断欠勤をして京都市に赴き、鴨川の河川敷のベンチでウイスキー等を過度に摂取する行動に及び、そのため、翌16日午前0時頃、死亡した。
被上告人は、Aの死亡について、被上告人の従業員がAに対する安全配慮義務を怠ったことを理由として、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償義務を負う。もっとも、Aにも過失があり、過失相殺をするに当たってのAの過失割合は3割である。
Aの死亡による損害は、Aの逸失利益4,915万8,583円及び慰謝料1,800万円、Aの父母である上告人らの固有の慰謝料各200万円並びに上告人X1の支出に係る葬儀費用150万円である。なお、Aの相続人は、上告人らのみである。
上告人X1は、平成19年10月16日、労災保険法に基づく葬祭料として68万9,760円の支給を受けたほか、原審の口頭弁論終結の日である平成24年2月9日の時点で、労災保険法に基づく遺族補償年金として原判決別紙1の受給額欄記載のとおり合計868万9,883円の支給を受け、又は支給を受けることが確定している。
上告人X2は、原審の口頭弁論終結の日である上記同日の時点で、遺族補償年金として原判決別紙2の受給額欄記載のとおり合計151万6,517円の支給を受け、又は支給を受けることが確定している。
最高裁の判断
最高裁は、労災保険の給付は、原則、損賠賠償の元本から充当すると判断しました。
被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を相続人が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る。
上記の相続人が受ける利益が、被害者の死亡に関する労災保険法に基づく保険給付であるときは、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、当該保険給付による塡補の対象となる損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有するものについて、損益相殺的な調整を図るべきものと解される。
労災保険法に基づく保険給付は、その制度の趣旨目的に従い、特定の損害について必要額を塡補するために支給されるものであり、遺族補償年金は、労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失を塡補することを目的とするものであって、その塡補の対象とする損害は、被害者の死亡による逸失利益等の消極損害と同性質であり、かつ、相互補完性があるものと解される。他方、損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は、飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であるから、遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は、遺族補償年金の目的とは明らかに異なるものであって、遺族補償年金による塡補の対象となる損害が、遅延損害金と同性質であるということも、相互補完性があるということもできない。
したがって、被害者が不法行為によって死亡した場合において、その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け、又は支給を受けることが確定したときは、損害賠償額を算定するに当たり、上記の遺族補償年金につき、その塡補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。
不法行為による損害賠償債務は、不法行為の時に発生し、かつ、何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されており、被害者が不法行為によって死亡した場合において、不法行為の時から相当な時間が経過した後に得られたはずの利益を喪失したという損害についても、不法行為の時に発生したものとしてその額を算定する必要が生ずる。しかし、この算定は、事柄の性質上、不確実、不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないもので、中間利息の控除等も含め、法的安定性を維持しつつ公平かつ迅速な損害賠償額の算定の仕組みを確保するという観点からの要請等をも考慮した上で行うことが相当であるといえるものである。
遺族補償年金は、労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失の塡補を目的とする保険給付であり、その目的に従い、法令に基づき、定められた額が定められた時期に定期的に支給されるものとされているが、これは、遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度ないし現実化するのに対応して、その支給を行うことを制度上予定しているものと解されるのであって、制度の趣旨に沿った支給がされる限り、その支給分については当該遺族に被扶養利益の喪失が生じなかったとみることが相当である。そして、上記の支給に係る損害が被害者の逸失利益等の消極損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有することは、上記のとおりである。
上述した損害の算定の在り方と上記のような遺族補償年金の給付の意義等に照らせば、不法行為により死亡した被害者の相続人が遺族補償年金の支給を受け、又は支給を受けることが確定することにより、上記相続人が喪失した被扶養利益が塡補されたこととなる場合には、その限度で、被害者の逸失利益等の消極損害は現実にはないものと評価できる。
以上によれば、被害者が不法行為によって死亡した場合において、その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け、又は支給を受けることが確定したときは、制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである。