建材メーカーが、自社が販売するアスベスト含有建材を使用する屋外の建設作業従事者に対して建材から生ずる粉じんにばく露すると重篤な石綿関連疾患にり患する危険があることを表示する義務はないと判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和3年5月17日第一小法廷判決
同じ日に出されたアスベストに関する最高裁判決の一つです。この判決は、アスベストを含む建材を販売していた建材メーカーのアスベストに関する危険性の表示義務否定した判決です。
国及び建材メーカーの責任を認めた最高裁判決→アスベストに関する最高裁判決
事案の概要
原告らは、建設作業に従事し、アスベスト粉じんにばく露したことにより、肺がんにり患したと主張するA及びBの承継人(相続人と思われる)です。
①原告X1が、被告国に対し、建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために被告国が労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めました。
また、②原告X2らが、被告A社に対し、被告A社が石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより、屋外の建設現場における石綿含有建材の切断・設置等の作業に従事していたBが肺がんにり患したと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。
事案の詳細
慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室の東敏昭らは、昭和62年、「一般家屋壁材施工時の発塵状況調査結果」を公表した。この調査結果では、同年、一般個人用住宅建設時に、屋外で電動のこぎり又は丸のこを使用して防火サイディングの切断作業をする者につき測定時間を約2~3分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は、0.08本/㎤,0.17本/㎤,0.20本/㎤,0.27本/㎤,0.27本/㎤,1.16本/㎤,2.05本/㎤(以下,石綿粉じん濃度における本数は石綿の繊維数である。)であったとされている(以下、この測定結果を「測定結果①」という。)。
建設業労働災害防止協会は、平成9年に「改訂 石綿含有建築材料の施工における作業マニュアル」を出版した。このマニュアルでは、昭和62年から昭和63年にかけての測定結果として、屋外で除じん装置の付いていない電動丸のこ又はバンドソーを使用してスレート等の切断、葺上げ、張付け等の作業をする者につき採取時間を32~180分として石綿粉じんの個人ばく露濃度を測定した結果は、14件で0.01~0.31本/㎤であったとされている(以下、この測定結果を「測定結果②」という。)。
岡山大学医学部衛生学教室の三村啓爾は、昭和53年6月、第51回日本産業衛生学会において、造船工場の作業環境等に関する調査結果を報告した。同調査結果では、作業室内で吸じん装置付きの電動回転のこを使用して石綿けい酸カルシウム板の切断作業をする者につきその者の口元で石綿粉じん濃度を測定した結果は、30~55本/㎤であり、新造船内で吸じん装置付きの電動回転のこを使用して石綿セメント板の切断作業をする者につきその者の口元で石綿粉じん濃度を測定した結果は、25~62本/㎤であったとされている(以下、この測定結果を「測定結果③」という。)。
名古屋大学医学部衛生学教室の久永直見らは、昭和63年、雑誌「労働衛生」に「アスベストに挑む三管理 環境管理と作業管理―建築業の現場を中心に―」と題する論文を発表した。同論文では、同年、電動丸のこを使用して天井に張られた石綿セメント板の切断作業をする者につき測定時間を2分30秒~5分としてその者の鼻先で気中石綿粉じん濃度を測定した結果は、125.1~787.0本/㎤であったとされている(以下、この測定結果を「測定結果④」という。)。
久永直見らは、平成元年、「建築業における石綿粉塵曝露とその健康影響に関する研究」と題する報告書を発表した。同報告書では、同年、屋内で電動丸のこを使用して石綿含有建材の切断作業等をする者につきその者の鼻先で気中石綿粉じん濃度を測定した結果は、6.3~787本/㎤であったとされている(以下、この測定結果を「測定結果⑤」という。)。
※アスベストに関する知見やアスベストに関する法規制等は省略
原審の判断
以下のとおり、被告A社の賠償責任を一部、肯定しました。
屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度についての測定結果①及び②には低い数値が示されているが、それらは限られた測定時間についてのものであるから、それらをもって、屋外建設作業に従事する者の就業時間を通じた石綿粉じんへのばく露の状況を軽微なものと解することはできない。また、測定結果③から⑤までには、屋内の作業場における石綿含有建材の切断、設置等の作業に係る石綿粉じん濃度について数十本/㎤ないし数百本/㎤という高い数値が示されているところ、屋外においても、作業者は、石綿含有建材の切断作業の際に切断箇所に顔を近付けて作業をしているから、作業場所が屋内であるか屋外であるかによって石綿粉じんにばく露する程度につき差は大きくないと解される。以上のような屋外建設作業に従事する者の石綿粉じんへのばく露の状況は、石綿含有建材を製造販売する企業において当然把握しておくべき事柄である。これらの事情によれば、被告A社は、昭和50年には、自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたというべきである。そうすると、被告A社は、同年には、上記の者が石綿関連疾患にり患することを防止するため、上記石綿含有建材に、当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示すべき義務を負っていたところ、被告A社は、同年から当該建材の製造が終了した平成2年までの間、上記の表示義務に違反したというべきである。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、建材メーカーの表示義務を否定しました。
屋外建設作業に従事する者が石綿含有建材の切断作業に従事するのは就業時間中の限られた時間であり、測定結果①及び②は主にその切断作業をしている限られた時間につき個人ばく露濃度を測定したものであることからすれば、上記の者が就業時間を通じてばく露する石綿粉じんの平均濃度は測定結果①及び②より低い数値となるということができる。また、屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度についての測定結果①及び②は、全体として屋内の作業に係る石綿粉じん濃度についての測定結果③から⑤までを大きく下回るところ、これは、屋外の作業場においては、屋内の作業場と異なり、風等により自然に換気がされ、石綿粉じん濃度が薄められるためであることがうかがわれる。したがって、屋外建設作業に従事する者が、上記切断作業をする限られた時間に切断箇所に顔を近付けて作業をすることにより高い濃度の石綿粉じんにばく露する可能性があるとしても、就業時間を通じて屋内の作業場と同程度に高い濃度の石綿粉じんにばく露し続けるということはできない。
以上によれば、原審が指摘する測定結果①から⑤まで及びその他の事情をもって、被告A社が、昭和50年から平成2年までの期間に、自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたということはできない。
したがって、被告A社が、上記の期間に、上記の者に対し、上記石綿含有建材に前記の内容の表示をすべき義務を負っていたということはできない。