労基法の災害補償に関して、使用者の免責の範囲が問題になった最高裁判決を紹介します。
神奈川都市交通事件(最高裁平成20年1月24日判決)
使用者の労基法の災害補償(労基法75条以下)について、労災保険の給付による免責の範囲が問題になった事案です。
労基法上の災害補償については、以下の記事参照
事案の概要
被上告人は、昭和61年1月、タクシー運送事業を主な営業目的とする上告人に雇用され、タクシー乗務員として勤務していた。なお、被上告人は、職種をタクシー乗務員として上告人に雇用された。
被上告人は、平成7年9月27日、タクシーに乗務中、第三者の運転する普通乗用自動車に衝突される事故に遭い、頸椎捻挫等の傷害を負った。
被上告人は、本件事故後休業し、労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を受けていたが、平成11年11月2日付けで、川崎南労働基準監督署長から、被上告人の傷害につき同年8月31日症状が固定したとして、①同年9月1日以降の療養、休業補償給付は、全部不支給とする、②同年7月16日から同年8月31日までの休業補償給付は、実際に通院した日のみを療養のため休業する日と認め、その余は不支給とする旨の決定を受けた。
被上告人は、本件事故後、上告人から疾病休職を命じられて休職していたが、平成12年4月16日、タクシー乗務員として復職した。なお、上告人の就業規則には、疾病休職を命じられた者は、治癒したことが上告人の指定した医師により診断されたとき、復職を命じられる旨の定めがあるところ、被上告人は、上告人の指定医から、同年3月28日、「現在の状態でタクシー運転業務ができるかどうかの問題は正直のところ分からない。よく話合いの上、試乗等を続けた上でできるかできないかを決定すべきだと思う。」との診断を受け、同年4月5日から同月15日までタクシー乗務への復帰のための試乗勤務を経た上で、上記のとおり復職した。
被上告人は、上告人に対し、平成11年7月16日から同12年4月15日までの期間(ただし、同11年11月5日から同年12月13日までを除く。)について、主位的に、雇用契約又は労働協約に基づく賃金の支払を求め、予備的に、労働基準法26条に基づく休業手当又は同法76条1項に基づく休業補償金の支払を求めている。
原審の判断
被上告人は、本件事故により、業務上負傷し、療養のため労働をすることができず、上告人に疾病休職を命じられて休職していた。このような場合、上告人は、労働者災害補償保険法による給付が行われる限度においては、労働基準法上の補償の責めを免れると解されるものの、休職期間中は、被上告人に対し、平均賃金の60%の休業補償金を支払うべき義務を負うと解するのが相当である。
被上告人は、平成11年7月15日までは労働者災害補償保険法に基づく全額の休業補償給付を受けたが、本件不支給決定により、その翌日から同年8月31日までの間は、通院日のみを休業日と認められ、20万3364円の休業補償給付を受けたにとどまり、同年9月1日以降、休業補償給付を受けることができなくなった。この事情の下においては、上告人は、同年7月16日以降、被上告人がタクシー乗務員として復職するまでの間、被上告人に対し、上記金額を控除した額の休業補償金を支払うべき義務を負う。
最高裁の判断
労働者が、労働基準法76条に定める休業補償と同一の事由について、労働者災害補償保険法12条の8第1項2号,14条所定の休業補償給付を受けるべき場合においては、使用者は、労働基準法84条1項により、同法76条に基づく休業補償義務を免れると解するのが相当である。労働者災害補償保険法の適用事業に使用されている労働者に関しては、同法14条1項に基づき休業補償給付が支給されないこととされている休業の最初の3日間に係る分を除き、使用者は、およそ労働基準法76条に基づく休業補償義務を免責されることになるのである。
被上告人が労働者災害補償保険法の適用事業に使用されている労働者であり、被上告人の労働基準法76条1項に基づく休業補償請求の範囲が本件事故を原因とする休業の最初の3日間に係る分を含まないことは明らかであるから、上告人は、同法84条1項により、同法76条に基づく休業補償義務を免れるものというべきである。被上告人の同条1項に基づく休業補償請求を認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
なお、被上告人は、上記請求と選択的に、労働基準法26条に基づく休業手当請求をしているが、前記事実関係によれば、①被上告人が就業規則の定めに従い上告人の指定医による治癒の診断を受けて試乗勤務を経た後である平成12年4月15日まで、上告人が被上告人のタクシー乗務への復職を認めなかったことには正当な理由があり、②この間、上告人が、職種をタクシー乗務員として採用されたことの明らかな被上告人からの事務職としての就労の申入れを受け入れるべき義務があったものということはできないから、被上告人の休業は、使用者の責めに帰すべき事由によるものではないことが明らかであり、上記休業手当請求にも理由がないといわざるを得ない。