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介護施設の職員の腰痛の発症と安全配慮義務(労災の損害賠償)


介護施設の従業員が腰痛を発症したことについて、会社の安全配慮義務違反を認めた裁判例を紹介します。

千葉地裁木更津支部平成21年11月10日判決

 従業員が介護ヘルパー2級(現在の介護職員初任者研修)の資格を持っていても、会社には、介護者の健康・安全保持のために、その現場の実情に即した実践的な教育を施す安全配慮義務があるとし、会社の安全配慮義務違反を認めた判決です。

 裁判所は、会社の賠償責任は肯定しましたが、原告が介護ヘルパー2級の有資格者であったことから、原告の過失を7割と認め、過失相殺がなされています。

事案の概要

 原告は、介護ヘルパー2級の資格を有し、平成17年3月19日に被告に採用され、介護ヘルパーとして稼働することになった。原告は、採用後、「新入職員オリエンテーションマニュアル」を渡され、被告介護職員から勤務時間、勤務表、業務の概要、作成すべき書類などの説明を受けた。しかし、原告は、被告から、入居者の介助作業を行うに当たって、職員自身の身体の安全を守るための基本的な注意事項等の指導・教育を受けなかった。

 原告は、平成17年4月12日、A棟の勤務日であり、同日午前9時30分から午後6時30分まで勤務していたが、その勤務終了時刻のころ、男性の先輩ヘルパーからB棟2階に戻るようにとの指示があり、B棟2階談話コーナー付近に赴いた。すると、建物右端に位置するエレベーター方面から「きゃー。助けて」という声が聞こえた。
 原告は、その声の方向に赴いたところ、B棟223号室において、ベッドと車いすの脇の床に仰向けに倒れていた入居者であるOを発見した。なお、Oは、当時、下肢に高度の拘縮があり、認知症のような症状もみられた。なお、B棟のOが入居していた部屋からヘルパーサブステーション又は談話コーナー付近までは、約6.8メートルであった。
 原告は、当日B棟の担当ではなかったので、「ヘルパーさん。誰かいませんか。」などと3回くらい被告職員を呼んだが、その場に誰も来なかった。原告は、放置しておくことはできないと考えて、Oを単独で抱き上げて脇にあった車いすに乗せようとした。すなわち、自らの左手をOの首の下に添え、右手を左膝下方向から抱えて乗せようとした。ところが、Oの身体が硬直し、足からずり落ちそうになったため、もう一度右手で両膝を抱きかかえ、腕及び腰部等に力を入れて上に持ち上げようとしたところ、右手関節付近に激痛が走った。それでも、原告は、ようやくOを車いすに乗せることができた。
 当時、ヘルパーサブステーション又は談話コーナーには、ヘルパー等が駐在しておらず、本件事故当時も無人であった。なお、Oが入居していた部屋には、緊急コールが設置してあったが、原告は、緊急コールを利用しなかった。

 原告は、本件事故により、平成17年4月13日(本件事故翌日)、C病院において、右手関節捻挫で全治6週間と診断された。
 原告は、平成17年4月27日、D整形外科クリニックにおいても、右手関節捻挫と診断され、後に、右橈尺関節靱帯損傷、RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)との診断が付け加えられた。その後、同クリニックに通院し、平成19年2月28日に症状固定と診断されるまで459日の通院実日数となった。

 原告は、平成19年6月7日、柏労働基準監督署から本件事故による傷害が、業務上の災害であり、後遺障害等級9級である旨の認定を受けた。

裁判所の判断

 裁判所は、会社の安全配慮義務違反を認めましたが、労働者の過失を7割とする過失相殺を行っています。

 介護ヘルパー2級資格は、130時間(講義58時間、実技42時間、実習30時間)の研修を終了した者に与えられるが、それらの研修内容を習得したことを確認するための終了試験は実施されない。また、介護現場では、介護者は肉体的にも、精神的にも多くの負担を伴う上、現場の実情に応じて様々な対応が必要になる場合もあるのであるから、介護者の健康・安全保持のために、その現場の実情に即した実践的な教育を施すことは、従業員が、ヘルパー2級の資格取得者といえども不可欠であるといえる。床に転倒していた被介護者を移動させる場合も、被介護者の身体状況(身体が硬直し、必要以上の負荷が発生することも十分あり得る。)によっては、介護者の身体に危険が生じる事態が発生するおそれがあるのであって、このような事態をできる限り防止しなければならないというべきである。本件の場合、2人以上の者によって、Oを車いすなどに移乗させなければならない場合であった。仮に、ヘルパーサブステーションにヘルパー等がいない場合、Oの部屋に設置されていた緊急コールによって被告職員に連絡することも可能であったが、原告は、これらの対処方法についても教育されていなかった。
 本件事故は、原告が、自らの左手を入居者であるOの首の下に添え、右手を左膝下方向から抱えて乗せようとしたが、Oの身体が硬直し、足からずり落ちそうになったため、もう一度右手で両膝を抱きかかえ、腕及び腰部等に力を入れて上に持ち上げようとしたところ、右手関節付近に激痛が走ったというものである。仮に、一人で被介護者を車いすに移乗させる場合、上記の方法は、介護者の腰背部や腕部に過剰な負担がかかる危険性があるから、厳に慎むべきであったが、原告は、かかる方法での移乗が危険であることを被告から教育されていなかった。
 そうすると、被告には、上記の点において、原告に対する安全配慮義務違反があるというべきである。

 原告にも、介護者にとって危険な方法で被介護者を移乗させたこと、手段を尽くして他のヘルパーを呼ばなかったこと(それによって、Oの負傷の有無等を確認する機会をも失わせた。)は原告の過失ないし落ち度というべきであって、相応の過失相殺をすべきである。もちろん、原告が介護ヘルパー2級という資格を有していたことが、被告における安全教育義務が免除されるものではないが、原告にも、同資格に係る業務の危険を回避する義務があり、これを怠っていたことは軽視することができない。そして、本件における各事情を総合すると、双方の過失割合は、原告7割、被告3割と認めることが相当である。


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