通勤災害の要件である合理的な経路及び方法に関する裁判例を紹介します。
東京地裁平成2年10月29日判決
社外で打合せをした後に飲酒して、深夜に帰社してから帰宅途中の交通事故によって死亡した事案です。
通勤災害に当たるか?が争われました。
事案の概要
Xは、昭和58年2月18日午前11時26分ころA社に出勤し、午後4時30分ころまで同社内で勤務した後、午後5時30分ころ渋谷区千駄ケ谷所在のカメラマンの事務所に赴き、海外ロケの打合せ等を行った。Xは、同事務所に午後7時30分ころまでいたが、その際打合せ終了後ビール一本とラーメンを飲食した。
事務所を出たXは、モデルと同モデルのマネージメントを依頼することとしていたB社の代表取締役Cの待つ新宿の料理屋に行き、午後8時近くから同モデルの海外ロケ等の打合せを行った。打合せをしながら、Xは、ビール一、二本、ウイスキーの水割り二杯位、焼おにぎり等を飲食し、午後9時ころまで料理屋にいた。
料理屋を出た後、XとCは、モデルと別れ、二人で同じビルにあったクラブに行き、午後11時30分ころまで飲食したが、その間Xは、ウイスキーの水割り三杯位を飲んだ。クラブでは、ギャラの問題や着用する水着をどうするかなどモデルのロケに関する細かい打合せや、別の企画についての相談など仕事上の話もする一方、雑談したり、カラオケで歌ったりした。
XとCの二人は、クラブを出て帰途に着いたが、途中でお茶漬け屋に寄り、お茶漬けを食べて暫く雑談をした後、12時30分近くになって別れた。
Cと別れたXは、19日午前1時ころA社に戻ったが、社内に入る時、裏側受付から一階に通じる階段の途中で帰宅途中の同僚Dと出合った。その際、Dが一緒に帰ろうと誘ったところ、Xは、「どうしようかな」と言って迷う素振りを示したが、結局社内に入って行った。
その後Xは、午前2時30分ころ、再び社外から戻り、裏側受付から社内に入るところで帰宅途中の同僚Eと出合ったが、酔っていたため一階への階段を登る際に足をもつれさせ、前に転んだところをEに目撃されている。
Xは午前4時25分ころ退社し、オートバイで帰宅途中同4時35分ころ首都高速七号線下り線両国インター付近の照明ポールに衝突して死亡した。
同日午前10時15分ころ警視庁の死体検案に際し採取したXの心臓血からは、血液1ミリリットルにつき1.414ミリグラムのアルコールが検出された。
裁判所の判断
裁判所は、通勤災害と認めませんでした。
事務所での打合せが業務行為であることは明らかであり、その後の料理屋における打合せも、飲食を伴うものではあるが、Xの仕事の性格、一時間余りという時間などからみて、すべてが業務との関連性を有するものであったということができる。
しかしながら、Cと二人で行ったクラブにおける飲食については問題がある。確かに証人Cが証言するように、編集者とモデルのマネージメントをする者との間で、ギャラの問題などにつきモデルを除いた打合せをする必要があることは否定できず、現にXもクラブにおいてCとの間でその打合せを行っている。その限りでは上記飲食も業務の一環であるということもできそうであるが、しかし上記飲食は2時間30分近くに及んでおり、その間打合せとしての性格を有する話をした時間は、その具体的内容に照せば僅かであるといえよう。そうすると、クラブでの飲食は、全体としてみれば、懇親のための私的な飲食としての性格が強く、社会通念上業務性を肯定することはできないといわざるを得ない。そして、クラブを出てからのお茶漬け屋での食事も、同様に私的な行為であるというべきである。
Xは午前1時ころ帰社した後、再び社外に出て午前2時30分ころ戻っており、しかもその際はかなり酔っていたものであり、この事実は、Xが帰社後に再度社外で飲酒したことを推認させるものといえる。また、Xの同僚Fは、Xが帰社した時、酔っていたので、誰かが暫く休んで帰るように声をかけたのを聞いており、Xの様子は仕事をするような状態ではないとの印象を受けたことが認められる。これらの点を併せ考えると、少なくともXが19日午前1時に帰社した後に、現実に仕事をしたものと認めることはできないといわざるを得ない。
そうすると、Xは、帰社して業務に復帰したものということはできない。Xは業務から離脱して相当時間を経過した後に帰宅し、その途中事故にあったもので、同人の帰宅行為は、就業に関して住居と就業の場所を往復したものということはできない。したがって、Xの死亡は、通勤災害とは認められない。
仮にXが帰社後業務に復帰していたものとしても、上記認定のXのアルコール摂取量は、オートバイの運転にかなり危険であったと認められ、しかもA社においては、事故防止の観点から自家用車による通勤が禁止されており、残業で午後11時過ぎに帰宅するときは会社の負担でタクシーを利用することが認められていたのであるから、Xの採った帰宅方法は、合理的な範囲を逸脱しているものといわざるを得ない。したがって、この点からも、Xの死亡が通勤災害であるとは認め難い。