長時間労働により心筋炎を発症した労働者が死亡したことについて、使用者の安全配慮義務違反を認めた裁判例を紹介します。
大阪地裁令和2年2月21日判決
労働者が長時間労働によって、心筋炎を発症し脳出血により死亡した事案です。労働者の遺族が、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起しました。
事案の概要
被告会社は、食堂、喫茶店の経営等を目的とする特例有限会社であったが、平成25年11月30日に解散し、現在は清算手続中で、その清算人は被告Y1である。被告Y1は、被告会社の取締役であった者で、被告会社の発行済み株式の全てを保有している。
被告会社は、平成15年頃から、「A」との名称のフレンチレストランを経営しており、被告Y1はオーナーシェフとして本件レストランの運営に当たっていた。なお、被告Y1は、被告会社を解散した後は、本件レストランを個人で経営している。
Bは、平成21年6月頃から本件レストランにおいて調理師として稼働するようになった。
平成24年11月23日まで本件レストランにおいて調理等の業務を担当していたが、感冒様の症状を訴えて、同月24日、C病院を受診したところ、急性心筋炎と診断されて入院した。その後、Bの症状は急激に悪化して心不全が進行し、Bは、同月26日にはD病院に転院して治療を受けていたが、症状の改善が見られず、補助人工心臓を装着せざるを得なくなった。Bは、平成25年9月2日に、一旦、D病院を退院したものの、その後、症状が悪化し、平成26年1月3日、再度、D病院に入院して治療を受けたものの、同年6月2日、脳出血によって死亡した。
原告X1は、Bの死亡が被告会社における業務に起因するものであるとして、療養補償給付、遺族補償年金、葬祭料及び休業補償給付の支給を請求したが、大阪中央労働基準監督署長は、これらについて不支給とする旨の処分を行った。原告X1は、これを不服として審査請求を行ったものの、平成27年11月にこれを棄却する決定がされ、これに対する再審査請求についても、平成28年8月に棄却する旨の裁決がされた。
そこで、原告X1は平成29年2月21日、国を被告として、上記の各処分の取消しを求める訴えを提起した。同訴訟については令和元年5月15日、上記の各処分をいずれも取り消す旨の判決が言い渡された。同判決に対しては国が控訴しており、現在、大阪高等裁判所に係属中である。
事案の詳細
Bが実際に就労していた平成21年6月頃から平成24年11月までの間、本件レストランの営業日における一日のスケジュールは、概ね次のようなものであった。
午前8時00分 従業員が出勤し、仕込み作業を開始
午前11時30分 ランチ営業のオープン
午後2時 ランチ営業のラストオーダー
午後3時~ 客の退店を待って一旦閉店し、従業員らで店内を掃除した後、賄い料理の準備 をし、賄い料理を食べた後に休憩を取る
午後5時30分 ディナー営業のオープン準備
午後6時00分 ディナー営業のオープン
午後10時00分 ディナー営業のラストオーダー
午後11時頃~ 客の退店を待って閉店した後に、従業員らで店内を清掃し、翌日の発注や仕込みを行う
午前0時~2時頃 業務を終了して従業員全員で退店
なお、本件レストランでは、閉店時刻を明確に定めてはおらず、客に対して終業を理由に退店するよう促すことはしない方針であったことから、ランチ営業とディナー営業の終了時刻は、その日の客の滞在時間次第で決まることになっており、また、被告Y1の知人のシェフ等が来店した場合や、2階のカフェレストランでワインの試飲会等が行われた場合には、従業員らの退店時刻が午前3時を過ぎることもあった。
本件レストランでは、賄い料理を作る担当者は明確には決められてはいなかったが、基本的には在籍期間の短い調理担当の従業員が作ることになっていた。また、本件レストランの従業員らの、ランチ営業後の休憩時間(賄い料理を食べる時間を含む。)は長くても1時間程度であり、忙しい時には、ほとんど休憩を取ることができない場合もあった。
本件レストランでは、定休日である日曜日に花見や筍堀りといったイベント等が行われることがあり、従業員は原則として出席することになっていたほか、日曜日に常連客からの予約が入ることもあったことから、従業員らは年5~6回程度は休日にも出勤していた。
被告会社においては、平成24年当時、従業員にタイムカードを打刻させるなどの退勤の管理を全く行っておらず、被告会社は雇用保険、労災保険等にも加入しておらず、従業員らに定期健康診断を受診させることもなかった。また、被告会社は、従業員らに対して、休日・時間外手当を支給することもなかった。
平成23年当時、本件レストランで調理を担当していたのは、オーナーシェフである被告Y1を除くと、平成21年よりも以前から本件レストランに勤務していたE、B及び平成23年4月頃から本件レストランに勤務するようになったFの3名であった。その後、Eが同年9月頃に退職することになったことから、本件レストランでは、同年7月頃に調理師1名を雇用したものの、同人は平成24年3月頃退職し、代わりに同年4月にGが勤務するようになった。その後、Fは、同年10月30日に本件レストランを退職し、代わりに同年11月頃からは、スペイン料理店で勤務した経験のある調理師1名が勤務するようになった。
平成23年9月にEが本件レストランを退職した後は、調理師の中で、被告Y1の次に経験が長いBが、前菜の調理等を担当するほか、その他の調理師に対する指導や教育に当たっていた。
Bは、本件レストランから自転車で5分程度のところに住んでいたことから、同レストランの営業日には、午前8時頃までには出勤し、本件レストランを開錠した後、翌日の午前1時から2時過ぎ頃まで稼働することが多かったことから、その間の休憩時間を30分として計算した場合、平成23年11月30日から平成24年11月23日までの間におけるBの1か月当たりの平均時間外労働時間は、約250時間に上っていた。また、Bの睡眠時間は、定休日以外の日については、1日当たり5時間以下であることが常態化していた。
Bは、平成24年9月頃以降、独立するための準備の一環として、本件レストランの休憩時間中に、バスク地方の焼き菓子を作るなどしており、また、同年10月頃からは、原告X1と共に独立した際に使用する店舗を探したり、被告Y1の知人の業者に店舗の内装関係の相談をしたりしていた。
Bは、同年11月11日の夜には、被告Y1の知人がオーナーをしているレストランで行われていた著名なシェフのフェアに参加し、その後、翌日の午前3時頃まで別の店に飲みに行くなどしていた。
Bは、同月20日に帰宅した際、頭痛や関節痛を訴えていたことから、自宅にあったバファリンを飲んで就寝したものの、同月21日の朝の時点でも症状は変わらなかった。Bの症状は、同月22日になると更に悪化したものの、仕事が繁忙であったことから、被告Y1に対して病院に行きたいと言い出せるような状況になく、帰宅した後に体温を図ったところ、38度5分であった。そのため、原告X1は何件かの救急病院に電話をしたものの、翌日に受診するように言われて全て断られた。
Bは、同月23日、原告X1と共に都島にある休日診療所を受診し、インフルエンザの検査を受けたものの陰性であり、医師から、休日診療所では血液検査等ができないことから、翌日以降に病院に行くように言われた。原告X1は、Bに対し、仕事を休むよう求めたものの、Bは、同日は本件レストランが予約で満席の状態であり、自分が出勤しないと店が困るとして、食事を出し終えたら帰宅すると述べて、そのまま本件レストランに出勤した。
被告Y1は、同日、本件レストランに出勤したBから、病院に行き、医師から改めて検査をした方がよいと言われた旨を聞いたものの、休むように指導することはなかった。また、被告Y1は、Bがいつもであれば見逃すことのないような接客担当の従業員のミスを見逃すなどしていたことから、Bの体調が相当程度悪いことには気付いていたものの、Bに対しては、食事を出し終えたら帰宅するよう指示したのみであり、結局、同日、Bが帰宅したのは午後11時50分頃であり、その時点で、体温は38度8分に上っていた。
Bは、同月24日早朝、胸が苦しいと言い出し、熱を測ると39度6分に上っていたため、原告X1と共にタクシーでC病院に向かい、同病院のI医師の診察を受けた。その後、Bは、検査の結果、急性心筋炎と診断され、同病院に緊急入院することになったが、この時点では、Bの心機能は、全体としては保たれた状態であった。
しかし、Bの心機能は、同日夜から急速に低下し、同月25日には循環動態が破綻して循環補助を要する状態になり、そのままでは臓器障害が進行する可能性があったことから、同月26日、D病院に転院することとなった。
D病院に転院した時点で、Bは、劇症型心筋炎の状態となっていて、重症心不全によるショック状態に陥っており、両心室はほぼ無収縮の状態となっていたことから、同月26日、BにBIVAD(両心補助人工心臓)が装着された。その後、担当の医師は、Bの心機能について回復の可能性がないと判断したことから、同年12月19日、Bについて心移植登録をした上で、まず左心についてEVAHEART(補助人工心臓)を植え込み、平成25年1月7日には、右心についてJarvIk2000(補助人工心臓)が植え込まれた。
D病院における手術時に行われた心筋組織の病理学的検索によって、Bの症状は、リンパ球性心筋炎と診断されたが、その原因を特定することはできなかった。
Bは、同年3月14日、心不全症状に対処するために、送血管の修復術(LVAD送血グラフト狭窄解除術)を行ったが、この際にカテーテルを挿入してステントを入れようとしたところ、ワイヤがEVAHEARTに巻き付いて回転が止まったことから、再開胸の上、EVAHEARTを取り換えるための手術が行われた。
Bは、平成25年9月2日、リハビリを終え、全身状態が改善したことから、D病院を一旦退院したが、同年12月下旬頃から倦怠感や仰臥位での呼吸苦を自覚するようになり、平成26年1月に入ると発熱も見られるようになったことから、同月3日、心不全の診断で同病院に再入院した。その後、Bには、同年2月1日には右後頭葉にくも膜下出血が見られたことから、コイル塞栓術が行われた。
Bは、同年4月2日以降は一般病室に移動するなど回復傾向にあったところ、同年5月27日、突然の嘔吐とともに意識混濁に陥った。検査の結果、Bには、左前頭葉に出血が認められたところ、脳障害が極めて強く、回復は難しいと考えられたことから保存的加療を継続することとなった。
Bは、同年6月2日、劇症型心筋炎による補助人工心臓装着状態における重篤な合併症である脳出血によって死亡した。
裁判所の判断
裁判所は、以下のように、安全配慮義務違反を認めるとともに、安全配慮義務違反と心筋炎を発症し死亡するに至ったこととの因果関係についても肯定しました。
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労等が過度に蓄積すると、労働者の健康を損なう危険があるところ、労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているのは、上記のような危険が発生するのを防止することを目的とするものであると解される。そして、このような事情に鑑みると、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。
Bは、被告会社が運営していた本件レストランで稼働しており、Bの使用者は被告会社であったところ、被告Y1は被告会社の代表者であり、Bを始めとする従業員らを、直接、指揮・監督する立場にあったのであるから、Bに対して、上記のような注意義務を負っていたことは明らかである。
①Bは、平成23年頃から平成24年11月頃までの間、本件レストランの営業日(月曜日から土曜日まで)においては、毎朝午前8時頃までには出勤した後、翌日の午前1時~2時過ぎ頃まで稼働することが多く、その間、ランチの営業が終わった後に休憩を取ることが可能であったものの、休憩時間は賄い料理を食べる時間を含めて長くても1時間程度であり、忙しい時には、ほとんど休憩を取ることができない場合もあったこと、②Bの、平成23年11月30日から平成24年11月23日までの約1年間における1か月当たりの平均時間外労働時間は、休憩時間を1日当たり30分として計算した場合、約250時間に上っており、睡眠時間も定休日以外の日については1日当たり5時間以下であることが常態化していたこと、③Bは本件レストランで調理を担当しており、平成23年9月以降は、本件レストランで稼働する調理師の中で、被告Y1の次に経験が長く、被告Y1もBの技量を信頼していたこともあって、その他の調理師に対する指導や教育を行う立場であったこと、④本件レストランの定休日は日曜日であったが、日曜日に予約が入ったり、本件レストランのイベントが行われるなどしたことから、Bは、年5~6回程度は、日曜日にも稼働していたこと、⑤被告会社においては、平成24年当時、従業員らの退勤の管理を全く行っておらず、従業員らに定期健康診断を受診させることもなかったこと、⑥被告Y1は、同年11月23日に、Bが体調の不良を訴えて休日診療所を受診した後に本件レストランに出勤した際にも休息等を取るよう命じることもなく、Bの体調が相当程度悪いことを認識していながら、深夜に至るまで、ほぼ、通常と同様の業務に従事させていたことの各事実を指摘することができる。
Bの上記のような恒常化した著しい長時間労働という過酷な勤務は、被告Y1の指示の下に行われていたのであるから、被告Y1において、上記のようなBの勤務実態を認識していたことは明らかであるところ、このような状況が長期間にわたって継続した場合には、Bが、十分な睡眠時間を確保することができなくなり、その結果、業務の遂行に伴う疲労が過度に蓄積する状況になることは容易に想定することができたということができる。しかしながら、被告Y1は、そのような状況に全く関心を払わず、平成24年11月24日にBが心筋炎との診断を受けて入院するに至るまでの間、Bの負担を軽減させるための措置を一切講じようともしなかったのみならず、同月23日にBが体調の不良を訴えて休日診療所を受診した後に本件レストランに出勤した際にも休息等を取るよう命じることもなく、Bの体調が相当程度悪いことを認識していながら、深夜に至るまで、ほぼ、通常と同様の業務に従事させていたのであるから、被告Y1に上記の注意義務違反(過失)があったことは明らかであるといわざるを得ない。