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熱中症による死亡を労災と認定した裁判例


熱中症による死亡を労災と認めた裁判例を紹介します。

東京地裁平成18年6月26日判決

 夏の道路舗装工事中に、労働者が心肺停止で死亡した事案です。裁判所は、熱中症による死亡について、業務起因性を肯定し、労災と認めました)。

 ※熱中症の労災認定基準も参照

事案の概要

 Xは、平成6年12月1日、Y社に入社し、一般作業員として道路舗装工事に従事していた。

 Xは、平成5年7月1日から同7年7月20日までの間、医療機関で治療を受けた形跡はなく、Y社に勤務しはじめてから本件事故発生日までの間、病気により欠勤したことはない。Xは、本件事故発生の約2か月前である平成7年5月29日、C総合病院健診センターにおいて、本件健康診断を受けた。本件健康診断の結果、問題になる点は、軽度の肥満、総コレステロール値が高いこと、タバコの本数が多いことであり、他に異常な点は見られなかった。なお、C総合病院健診センター医師Kは、被告の照会に対し、Xについて、本件健康診断時、心電図は正常範囲で、新鮮若しくは陳旧性心筋梗塞を疑う所見は認められなかった旨回答している。

 Xは、Y社入社後日が浅かったこともあり、本件疾病発症当時、熟練を要するトンボでアスファルトを均す作業に従事することはなかったが、アスファルト工事に関する雑作業(スコップやほうきを使った作業、カラーコーンの移動等)に従事していた。道路舖装工事の作業員は、安全のため、夏でも長袖、長ズボン、安全靴、軍手、ヘルメットを着用して作業をしている。そして、アスファルトの温度は約145℃となるため、作業中は多量の発汗を伴い着ているシャツが汗で絞れる位になる。Y社における作業中の水分補給は、会社の費用で午前10時と午後3時にジュース等を購入するほかは、従業員が持参した麦茶等で賄う状況であった。

 Xは、平成7年7月21日午前9時ころから、本件現場において、アスファルトをスコップで均す作業に従事していた。Xは、午後4時すぎころ、アスファルトをスコップで均す作業に従事していたところ、「具合が悪い」と述べ、現場監督者Dの指示で、E家玄関先において、5、6分間横になって休息した。この際、Xは、E家の住人によって、頭部をタオルで冷やしてもらった。その後、Xは、作業を再開したが、身体がふらついたため、同僚のFから「具合が悪いのに出てくるんじゃない」と注意され、再び休息した。さらに、Xは、再び作業を開始しようとしたが横転して、口から泡を出し、けいれんを起こした。このため、Xは、横に寝かされたが、しばらくするといびきをかき始めたため、本件現場付近の公園に運ばれた。Xは、ベニヤ板の上に仰向けに寝かされたが、うなり声をあげ始めたため、工事関係者が午後5時2分に救急車を要請した。そして、救急隊が、午後5時7分に到着した。Xは、救急隊が到着した時点で既に心肺停止状態であったが、嘔吐、尿便失禁はなかった。その後、Xは、本件現場から救急車でA大学病院に搬送されたが、平成7年7月21日午後6時51分、死亡した。Xは、A大学病院搬入時、心肺停止状態、体温35.8℃(右腋窩)、脈触れず、血圧測定不能、自発呼吸なし、意識レベル3-300(痛み刺激に反応しない)、皮膚湿潤の状態であり、肺水腫が認められた。また、Xは、A大学病院搬入時には、嘔吐、尿便失禁が認められた。

裁判所の判断

 裁判所は、熱中症による死亡を労災と認めました。

 労災保険法による労働者災害補償制度は、業務に内在ないしは通常随伴する各種の危険性が現実化した場合の損失について、使用者の過失の有無にかかわらず補償するという特質を有することに照らすと、業務起因性の認定においては、単に当該疾病が業務遂行中に発生したという条件関係の存在だけでは足りず、当該疾病が業務に内在ないしは通常随伴する危険の現実化と認められる関係があって初めて相当因果関係、換言すれば、業務起因性を認めるのが相当である。

 労基法施行規則35条、別表第1の2第2号ないし第7号は、特定の有害因子を含む業務に従事することにより当該業務に起因して発症し得ることが医学経験則上一般的に認められている疾病を規定し、当該疾病を発症させるに足りる条件のもとで業務に従事してきた労働者が当該疾病に罹患した場合には、特段の反証がない限り、業務に起因する疾病として取り扱うことにしたものと解される。労基法施行規則35条、別表第1の2第2号8は、「暑熱な場所における業務による熱中症」を業務上の疾病としているのであるから、労働者が暑熱な場所における業務に従事中、熱中症を発症して死亡したと認められる場合には、特段の反証がない限り、当該疾病は業務に起因するものと認めるのが相当である。

 熱中症は、①高温多湿の環境下において運動、労働を行っているときに発生するのが通常であること、②脱水をベースに発生するものであること、③けいれん、意識障害を合併することがあること、④肝障害、腎障害を併発することがあること、⑤呼吸障害を併発することがあること、⑥血液凝固障害を併発することがあること、⑦熱中症のうち、最重症である熱射病では、体温の上昇、意識障害、発汗の停止の症状が見られるのが通常である。

 Xは、平成7年7月21日午前9時ころから同日午後4時すぎころまでの間、途中、3度の休憩を挟んで、アスファルトをスコップで均すなどの肉体労働に従事していたこと、アスファルトの温度は約145℃という高温となること、Xは、上記作業中、安全のため、長袖、長ズボン、安全靴、軍手、ヘルメット等を着用していたため、対流や発汗による熱放散が低下した状態であったこと、同日は、平均気温25.9℃、最高気温28.8℃(午後3時50分)、平均相対湿度83%であり相当に蒸し暑かったことが認められる。そうだとすると、Xは、本件疾病発症時、高温多湿の環境下で労働していたということができ、①の熱中症発症の環境下にいたということができる。

 本件全証拠を検討するも、Xが、本件疾病発症時、脱水状態であったという事実を覆すに足りる的確な証拠は見当たらない。
 以上によれば、Xは、本件疾病発症時、脱水状態であり、②の熱中症の症状の特徴に符合している。

 Xは、本件疾病発症時、口から泡を出し、けいれんを起こし、横に寝かされたところ、しばらくするといびきをかき始めたことが認められる。そうだとすると、Xは、本件疾病発症時、けいれん、意識障害があり、③の熱中症の症状の特徴に符合しているということができる。

 Xは、本件疾病発症時、肝機能障害、腎障害の症状が出ており、④の熱中症の症状の特徴に符合しているということができる。

 Xがうなり声をあげ始めたため、平成7年7月21日午後5時2分に救急車を要請し、救急隊が到着した同日午後5時7分ころにはXは心肺停止状態にあったことが認められる。そうだとすると、Xは、本件疾病発症時、呼吸も困難な状況にあったということができ、⑤の熱中症の症状の特徴に符合している。

 Xは、本件疾病発症時、⑥の熱中症の症状の特徴に符合しているということができる。

 XがA大学病院に搬入された時の体温が35.8℃であり、その際同人の皮膚が湿潤していたからといって、そのことから、直ちに、Xが本件事故発生当時、熱中症に罹患していなかったということはできないというべきである。

 以上の検討結果によれば、Xは、アスファルト工事という「暑熱な場所における業務」に従事中、熱中症を発症したうえ、致死的不整脈を発症し、死亡したものと認めることができるところ、当該判断を覆すに足りる特段の反証はない。そうだとすると、Xの本件疾病発症は業務に起因すると認めるのが相当である。


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