高所作業中の墜落事故について、元請人の安全配慮義務違反の有無が問題になった裁判例を紹介します。
高橋塗装工業所事件(東京高裁平成18年5月17日判決)
高所作業を行っていた請負人が高所から墜落し、負傷した事案です。
元請人の安全配慮義務違反の有無が争われました。
裁判所は、請負契約であるが、実質は、労務提供の色彩の強い契約であることから、元請人の安全配慮義務違反を認めました。
事案の概要
控訴人X塗装ことX太郎は、被控訴人から群馬県利根郡昭和村の公民館ホール及び保健センターの屋根塗装工事の注文を受け、平成15年3月14日、控訴人X一郎及びAとともに保健センターの屋根塗装工事に従事していたところ、午前9時30分ころ、Aが屋根から転落し、次いで、事態を確認しようとした控訴人らも屋根から滑り落ち、これにより、Aは死亡し、控訴人X太郎は全身打撲及び右肋骨骨折の傷害を、控訴人X一郎も全身打撲及び左足部挫傷の傷害を負った。
裁判所の判断
裁判所は、元請人の安全配慮義務違反を認めました。一方で、労働者の過失も認めています。
本件工事契約は、基本的には請負契約の性質を帯びつつもその実質は労務の提供という色彩の強い契約であり、労務を提供していた控訴人らに対し、被控訴人は安全配慮義務を負っていたというべきであって、本件事故については、被控訴人に安全配慮義務違反があり、控訴人らに対して損害賠償義務を負うものと判断する。
被控訴人は、仮に被控訴人が安全配慮義務を負うとしてもその義務を尽くしていたとして、安全帯や登山用ザイルを貸与したほか、これを取り付ける仮設パイプも設置していたと主張し、被控訴人代表者は原審において、親綱となるザイルを雪止めないし安全手すりに縛り付ければよいとも供述するが、これが労働安全衛生規則521条にいう安全帯の取付設備として十分であるかは証拠上明らかではないし、安全帯に関する被控訴人の安全配慮義務としては、控訴人らに安全帯の着用を徹底させるべきであったのであるから、被控訴人が安全配慮義務を尽くしたということはできない。
被控訴人の安全配慮義務違反については、控訴人X太郎に本件工事を依頼する前にBの死亡事故があり、これを受けて労働基準監督署から安全管理の徹底を指導され、とりわけ安全帯の着用については具体的な改善策を図示した書面を提出して誓約していたのであるから、被控訴人には、同種事故が発生しないよう特に十分な注意と配慮をすることが必要であったものであり、これを怠った被控訴人の過失の程度は大きい。
他方、前記のとおり、控訴人X太郎は、被控訴人から安全帯等の安全器具の貸与を受け、その着用も指示されていたのに、保健センターの屋根の勾配が公民館ホールよりも緩やかなこともあって、安全帯を着用せず、控訴人X一郎及びAにも着用させなかった(この点につき、控訴人らは、安全帯を取り付けるロープ設備が不備であったことが、安全帯を着用せずに作業を行った決定的な理由であったと主張するが、控訴人X太郎は、沼田労働基準監督署において、屋根の勾配がそれほど急ではなく危険意識がなかったので安全帯を使用していなかったとの供述をしている。また、安全帯を取り付けるロープ設備が不備であったとしても、控訴人X太郎は、これを設置することを被控訴人に求めていない。)。
そして、控訴人らは、保健センターの西側屋根は霜のため滑落の危険があったことを十分に認識していたのに、Aが転落したと思い、事態の確認のため慌てて西側屋根に飛び出して本件事故に至ったのであるから、本件事故の発生については、控訴人らにも相当程度の過失があったというべきである。
しかし、Aが屋根から転落した可能性が高く、そうであれば緊急に救助に向かう必要があるという状況にあっては、控訴人らのとった行動を一概に無謀な行為ということはできない。また、Aの転落事故は被控訴人の安全配慮義務違反に起因して発生したものであり、控訴人らの行動はこれに誘発されたものというべきであるから、これらの点も考慮すれば、本件事故の発生についての控訴人らの過失割合は、それぞれ50%と認めるのが相当である。