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振動障害の安全配慮義務(労災の損害賠償)


振動障害(振動障害の労災認定参照)の発生について、安全配慮義務違反の有無が問題になった最高裁判決を紹介します。

林野庁高知営林局事件(最高裁平成2年4月20日判決)

 営林署作業員らがチェーンソー等の機械作業により振動障害にり患したとして、国に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求した事案です。安全配慮義務違反の有無が問題になりました。

事案の概要

 上告人ら12名が営林署に採用された時期は大正13年から昭和28年にわたっているが、チェーンソー等の使用を始めたのはそれぞれ所属していた事業所にチェーンソー等が導入されると同時であった。いずれも昭和38年10月から同45年までにその使用を終了している。

 上告人ら12名は、いずれもチェーンソー等の使用により振動障害(白ろう病)に罹患し、その典型的な症状である「レイノー現象」という傷病名により、営林署退職の前後に公務上災害の認定を受け、それ以来療養補償、休業補償等を受けていた。上告人らは、退職後、それぞれ、別の仕事に従事していた。

 上告人らは、林野庁が安全性を確認することなく国有林野事業にチェーンソー等を実用導入し、万全の規制と予防措置を講ずることなく上告人ら12名に使用、操作させ、チェーンソー等の使用により多くの作業員に振動障害が発症し増悪の一途をたどっているにもかかわらず、その後もチェーンソー等の使用中止の措置をとることなく使用を継続させた点、及び昭和44年までチェーンソー等の使用時間を短縮制限しなかった点において、国に安全配慮義務違反があるとして、損害賠償請求を行った。

最高裁の判断

 最高裁は、以下のように判断し、国の安全配慮義務違反はなかったと判断しています。

 昭和40年までは、振動工具の継続使用による振動障害に関する医学的知見は、空気振動工具と電気振動工具のうちの打撃振動工具と回転振動工具、特にさく岩機、鋲打機等に関するものがほとんであって、エンジン振動工具のうちの回転振動工具に属するチェーンソー等に関するものは僅少であったが、これらの知見と前記各種の調査の結果の積重ねを総合すれば、同年に至ってはじめて、チェーンソー等の使用による振動障害を予見し得るに至ったというべきである。

 したがって、昭和40年前は、チェーンソー等使用による振動障害発症の予見可能性が否定される以上、予見可能性を前提とする結果回避義務を問題にする余地はなく、昭和40年前は国の安全配慮義務違反を問うことはできない。

 同40年前のものからはもとより同年以降における医学的知見及び各種の調査研究の結果からも、必ずしも振動障害発症の回避のための的確な実施可能の具体的施策を策定し得る状況にあったとはいえない時期においては、林野庁としては振動障害発症の結果を回避するための相当な措置を講じてきたものということができ、これ以上の措置をとることを求めることは難きを強いるものというべきであるから、振動障害発症の結果回避義務の点において国に安全配慮義務違反があるとはいえないというべきである。

 戦後における科学技術の著しい発達に伴い、往時とは比較にならぬほど種々の機械器具が開発、利用され、そのため我々の社会、経済生活を営む上で各種の利便ないし利益を享受してきたが、それによってもたらされる危険もまた否定し得ない。社会、経済の進歩発展のため必要性、有益性が認められるがあるいは危険の可能性を内包するかもしれない機械器具については、その使用を禁止するのではなく、その使用を前提として、その使用から生ずる危険、損害の発生の可能性の有無に留意し、その発生を防止するための相当の手段方法を講ずることが要請されているというべきであるが、社会通念に照らし相当と評価される措置を講じたにもかかわらずなおかつ損害の発生をみるに至った場合には、結果回避義務に欠けるものとはいえないというべきである。

 本件についてみれば、新しい形態の機械器具であるチェーンソー等を導入したことは、当時の情勢からみて何らの落度もなく、むしろ作業員の肉体的負担の大幅な軽減のため必要であり、有用であったのであって、前示のようにチェーンソー等の使用による振動障害発症の予見可能性が生じた昭和40年当時、チェーンソー等は既に本格的に導入されていたのであるから、この段階においてその使用を中止するとすれば、林野庁の全国の職域に混乱を招き、林野行政に深刻な影響を与えることは明らかであり、他方、伐木造材等の作業員にとっても、林野庁にとっても、その使用によって現に肉体的負担の大幅な軽減、作業能率の飛躍的向上等の大きな利益がもたらされていたことを考えれば、チェーンソー等は伐木造材、造林事業を円滑に遂行するための必要不可欠な機械としてその使用がしだいに定着したものと認められるのであって、このような見地からすれば、被上告人に振動障害を回避するためチェーンソー等の使用自体を中止するまでの義務はないものといわざるを得ない。

  そこで、チェーンソー等の継続使用を前提として結果回避のための注意義務を検討すると、その注意義務は、チェーンソー等は新たに採用された新しい形態の機械器具であり、国の内外の専門家の間でも被害発生の点につき十分な研究がなされていなかったなどの諸事情を勘案すれば、前述したところから明らかなように、社会通念上相当と認められる措置を講ずれば足りると考えられるのであり、この点については前述したとおり振動障害の発生を防止するため各種の措置が講じられてきたのである。チェーンソー等の継続使用による振動障害の発生という事態はわが国においては過去に例がないため、その対策を検討するには原因究明のための科学的、医学的な調査研究が必要であり、その対策を樹立し、実施するには、右調査研究と相まって、作業体制、作業員の待遇その他の勤務環境、条件の整備、機械の改良等の各種の検討、試行を繰り返しながらある程度の期間をかけざるを得ないのであって、前記の措置が遅きに失しあるいは不十分であるとはいえない。例えば、チェーンソー等の使用時間を一日2時間に短縮する措置は、昭和44年に至ってはじめて実施されており、振動障害の発症を予見し得た時期から約4年を経過しているが、チェーンソー等の使用時間と身体への影響の関係については当時科学的、医学的に解明がなされておらず、そのため林野庁はその調査研究等を各研究機関に委託していたものであり、使用時間の規制の基準及び規制のための所要措置についても、それらの調査研究の結果や多くの経験例を積み重ねるなどそれなりの資料と収集と根拠なくして安易に実施されるべきものでないことはいうまでもなく、更に、使用時間の規制が直接生産高に影響し、使用時間を短縮された作業員の賃金の低下を補償するための予算的措置を講じなければならないなど背後に複雑困難な諸事情があることをも併せ考えれば、右程度の期間の経過もやむをえなかったものというべきである。上告人らは、被上告人の義務違反として時間短縮措置の遅れをいうが、被害防止のためには時間短縮と並んで機械の改良が大きな要素をなしており、この点については、林野庁は昭和40年から直ちに改良の研究にとりかかり、これを逐次実施に移していったことは、前示のとおりである。

  なお、チェーンソー等の使用時間短縮が実施された昭和44年以降振動障害の認定者数が減少しているが、それは、機械の改良、各種の調査研究を参考にした諸施策、健康診断の実施、職種換えや使用時間短縮等の措置が総合的に作用してその効果を発揮したものといえるのであって、減少の原因をチェーンソー等の使用時間の短縮のみに求め、短縮に至る経過期間の長さのみを取り上げて、振動障害回避の注意義務違反とすることはできない。

 林野庁は、全国的に配置されたチェーンソー等を使用する多数の作業員の健康問題、その中にあって振動障害を訴える作業員の健康回復のための具体的措置、更にはそれらの作業員の給与待遇問題などに考慮を巡らし、他方において林野行政の適正円滑な遂行に配慮するなど、総合的な観点からその対応策を順次実現に移していったものであって、このような観点から事実関係の経過をみれば、林野庁としてはその置かれた諸条件のもとにおいて、結果回避のための努力を尽くしていたと認められるのである。したがって、国において安全配慮義務に違反するところはなく、債務不履行による損害賠償責任はこれを否定せざるをえないのである。


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