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労災の障害(補償)給付と高次脳機能障害


労災保険の障害給付に関して、高次脳機能障害が問題になった裁判例を紹介します。

大阪高裁平成28年11月30日判決

 労災の障害給付において、高次脳機能障害が事故よって発生したのか?が問題になった事案です。裁判所は、①重大な意識障害、②軸索損傷を示す画像所見の存在、③因果関係の存在の3要件を満たすかどうか?を判断基準として挙げています。

事案の概要

 平成9年1月5日の通勤途上発生した交通事故により負傷し、身体に高次脳機能障害が残った。淀川労働基準監督署長が、労災保険法による障害補償給付をしないとの処分をしたのは違法であるとして、控訴人が、被控訴人に対し、同処分の取消しを求め訴訟を提起した。

裁判所の判断

 高次脳機能障害が交通事故により発生したか否かを判断する重要なポイントとして、①意識障害の有無とその程度、②画像所見、③因果関係の判定(他の疾患との鑑別)が挙げられる。

(1) 意識障害の有無とその程度

 外傷後、昏睡~半昏睡で、刺激による開眼をしない程度の意識障害(JCS3桁)が6時間以上継続する場合は永続的な高次脳機能障害が残る場合が多く、健忘症~軽症意識障害(JCS2~1桁)が1週間ほど続いた場合も高次脳機能障害を残すことがある。

 控訴人は、平成9年1月5日午前10時10分頃第1事故に遭い、千里救命救急センターに搬送された当時、JCSⅢ-100(JCS3桁)の意識障害があり、その意識障害は20時間継続し、翌6日にもJCSⅠ-3からⅡ-30(JCS2~1桁)程度の意識障害があり、その意識障害状態は同月14日頃まで続いていた。したがって、控訴人の意識障害の程度は、永続的な高次脳機能障害が残る場合が多く、総合医療センターにおける控訴人の主治医であったEの供述に照らしても、重大なものであったといえる。

(2)画像所見の有無

 脳外傷による高次脳機能障害発症の判断には、頭部CTやMRI等の画像所見上、①急性期にびまん性軸索損傷に特徴的な脳内(皮質下白質、脳梁、基底核部、脳幹など)の点状出血が、また経時的画像資料をとおして、②慢性期(外傷後ほぼ3か月以内に完成する)に脳室拡大、脳萎縮が認められることが重要である。

 ①控訴人は第1事故で頭部を打撲し、受傷直後に撮影された頭部CT及びMRI画像上、脳実質の損傷を窺わせる右視床部と右中脳部の出血が認められ、C医師も後遺障害の原因となる傷病名を脳挫傷と診断している。一方、②慢性期の頃の診療録等が残存しておらず、この頃の頭部CT、MRI検査等の有無やその結果は判然としないが、総合医療センターでは、平成20年6月23日に撮影した頭部MRIの画像上、中脳から視床間に古い頭蓋内血腫が認められるものの、明らかな脳室拡大や脳萎縮は認められないと診断されている。ただし、F医師は、同画像上、右中脳(大脳脚)に軽度の萎縮性変化がみられ、右脳の内包損傷や右中脳から右視床にかけて生じた脳挫傷、中脳外側部出血等が吸収される過程で生じた神経繊維の減少を反映していると意見を述べている。本件では、①画像所見上、急性期の脳内出血は認められるものの、②慢性期の明らかな脳室拡大、脳萎縮を認める証拠はない。

 画像所見が重要視されるのは、脳外傷による高次脳機能障害の原因となる軸索(神経繊維)の損傷自体はCTやMRIに写らないので、急性期の脳内出血やその後の脳室拡大、脳萎縮の経過によって軸索損傷の有無を確認するためであって、慢性期の脳室拡大、脳萎縮から軸索損傷の存在が推認できるという意味で重要な要素であることは否定できないものの、画像で捉えきれない脳損傷があり得ること(しかも、本件では急性期から慢性期に至る経時的な画像が存在しない。)を考えると、重大な意識障害や脳損傷が明らかに認められる本件では、慢性期の脳室拡大、脳萎縮の不明をもって、直ちに高次脳機能障害の発症を否定するのは相当でない。

(3)高次脳機能障害の診断

 控訴人は、平成10年7月に第1事故の加害者と示談をし、平成15年11月に婚姻して新たな生活を送っていたが、平成17年8月に第2事故に遭い外傷性頸部症候群等に罹患し、星状神経節ブロック治療等を受けるなか賠償交渉も難航し、平成18年3月には近大病院で抑うつ状態と診断され、同年5月頃まで通院したが、高次脳機能障害を疑う妻の勧めを受け平成20年2月に総合医療センターを受診したところ、各種神経心理学的検査の結果等から、同年3月時点において、控訴人は記憶障害(逆向健忘)を主とし、注意障害(全般性注意障害)、遂行機能障害(目的に適った行動計画の障害及び行動の実行障害)、社会的行動障害(情動コントロールの障害、対人関係の障害)を従とする、器質的病変(脳挫傷)による高次脳機能障害に罹患していると診断された。

 上記の診断に対し、被控訴人は、控訴人が平成20年3月の時点でも記憶障害等の精神症状を発生していなかったと主張し、その理由として、平成10年3月20日付けの後遺障害診断書における「記憶障害」との記載は、自覚症状として記載されているだけであり、他覚症状等の欄には何らの記載もない、控訴人とその妻は、総合医療センターを受診するに当たり、高次脳機能障害との診断を受けるため、控訴人の症状を誇張して申告したものであり、総合医療センターで作成された診断書における控訴人の症状の程度の記載は、不自然に重い方向へ変遷している、したがって、総合医療センターのG医師が作成した平成20年3月25日付け診断書における記憶障害等がある旨の記載は、その正確性に疑いがあるということなどを述べる。

 しかし、平成10年3月の時点で、控訴人がありもしない記憶障害を申告することは考えられない。また、もともと記憶障害は、その症状からして、他覚的には把握しにくい症状であるといえる。

 平成20年3月の時点では、控訴人が高次脳機能障害の診断を受けようとしていたとしても、そのことから当然に、上記診断に沿う申告をするものであるという推認をすることはできないし、それ以上に、詐病を窺わせるような事情も存しない。

 さらに、控訴人は、総合医療センターにおいて、平成20年3月6日から同月17日にかけて、神経心理学的検査を受けているが、G医師の上記診断書は、これらの検査結果も斟酌した上作成されたものであり、その信用性を疑うべき事情は見当たらない。

 さらに、控訴人の妻は、控訴人と知り合った当初(平成13年5月頃)から、控訴人が気が短く、街でよくトラブルを起こしたり(公園で鳩に餌をやっている人に怒鳴り散らしたり、列に割り込む人の胸倉をつかむなど)、控訴人の妻との約束をよく忘れたりしたことがあった。また、控訴人の妻が、出産のため、控訴人と過ごす時間が増えたころ、控訴人が、何時間も暗い部屋でぼーっとしたり、買い物に出かけても買う物を忘れたり、同じ物を何度も買ってきたり、話したことをすぐ忘れたり、突然怒りだしたり、大好きだった読書も続かず数ページで本を投げ出してしまうといったことを感じるようになった。

 これらの症状は、高次脳機能障害の従たる症状である、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害の一部とみることができる。

 これに対し、被控訴人は、単なる性格や気性の問題としてとらえることも十分にできるから、これらが高次脳機能障害による精神症状であるとは認められないし、第1事故から10年以上が経過した後に、高次脳機能障害による精神症状が発症ないし増悪するとは考え難いと主張する。

 確かに、上記症状だけを見る限り、これらが性格や気性に基づくものか、何らかの疾患に基づく精神症状であるかを判断することは困難であるが、これらの症状は、第1事故に基づく高次脳機能障害の症状であるとみるのが相当というべきである。

(4) 因果関係の判定(他の疾患との鑑別)

 高次脳機能障害を思わせる症状(記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害)があったとしても、脳外傷による高次脳機能障害ではなく、内因性の疾患に基づくものである場合が存する。

 自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会作成の報告書によると、①頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し、次第に軽減しながらその症状が残存したケースで、びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認められる場合には、脳外傷による高次脳機能障害と事故との間の因果関係が認められるが、②頭部への打撲等があってもそれが脳への損傷を示唆するものではなく、その後通常の生活に戻り、外傷から数か月以上を経て高次脳機能障害を思わせる症状が発現し、次第に増悪するなどしたケースにおいては、外傷とは無関係に内因性の疾患(非器質性精神疾患を含む)が発症した可能性が高いとされることが認められる。

 控訴人は、平成9年1月24日に救命救急センターを退院し、平成10年3月20日まで病院に通院していた間、C医師に対し、少なくとも脳挫傷後の自覚症状として、高次脳機能障害の主症状の1つでもある記憶障害を訴えており、平成20年3月時点の高次脳機能障害診断の主症状が記憶障害であることと一致する。病院の診療録等が残存しておらず、第1事故後数か月間の控訴人の意思疎通能力、問題解決能力、作業負荷に対する持続力・持久力、社会行動能力喪失の有無、程度に関するC医師の医学的知見は明らかでない。後遺障害診断時の記憶障害の訴えだけから、高次脳機能障害と思われる症状が第1事故後数か月の間に発現し、次第に軽減しながら残存したかどうかは不明である。

 とはいえ、自賠責保険に関し、平成12年12月に高次脳機能障害認定システム確立検討委員会が報告書を提出し、平成13年1月から高次脳機能障害に関する専門的な審査制度が導入され、これにより従来あまり意識されていなかった外傷による高次脳機能障害に対する社会的関心が高まり、平成15年8月に労働者災害補償保険にも同様の認定システムが拡張したもので、平成9年頃は、脳神経外科医師の間でも、脳外傷による高次脳機能障害に対する認識は必ずしも一般化していなかった。

 しかも、脳外傷による高次脳機能障害に対する認識が深まった平成23年当時においても、なお、急性期の合併外傷のために診療医が高次脳機能障害の存在に気付かなかったり、家族は患者が救命されて意識が回復した事実によって他の症状もいずれ回復すると考えていたり、本人は自己洞察力の低下のため症状の低下を否定しているなどの要因により見落とされ易いとされている。

 平成9年当時、C医師が控訴人の記憶障害を高次脳機能障害と診断しなかったからといって、当時の高次脳機能障害の症状の発現やその残存が否定されるものでもない。

 控訴人は、第1事故前は、税理士事務所や学習塾で勤務しながら、建設業経理事務士1級や簿記能力検定上級資格を取得し、経理関係職に転職が決まっていたが、第1事故後は、左片不全麻痺の後遺障害が残存したとはいえ(妻によれば車の運転等はできていた。)、これらの資格や職歴を活かすことなく、知人の援助を受けながら自営で雑誌ライター等の仕事をし、平成13年5月頃に妻と知り合い、平成15年11月に婚姻しながらも、希望に添わない配転換えを命じられたとして2年足らずで会社勤めを辞めている。

 成人の高次脳機能障害は就労場面に強く影響を及ぼすところ、控訴人の就労状況は第1事故の前後で著しく変わっており、事故前に予定していた経理関係職として会社組織内で継続的に勤労することができなかったことは、第1事故の直後から、控訴人に社会生活上看過しがたい記憶障害等の症状が出現していたことを推認させるものである。

 そうしたところ、控訴人の妻は、高次脳機能障害という病気を知った上で振り返ると、控訴人には第2事故前から、物忘れが酷い、人付き合いが苦手である、時に感情を高ぶらせることがある、一つの仕事に集中できない、金銭管理ができない、なかなか着替えをしようとしないといった同障害によると思われる症状がみられたと供述している。

 控訴人は、第1事故後、通常の生活に戻っていたとは認められない。この点、控訴人の母は、労働基準監督署の担当者に対し、第1事故後控訴人に変わりはなかった旨述べているが、上記のとおり、高次脳機能障害の症状は親族らにも見落とされがちであり、第1事故の直後から、控訴人に記憶障害等の症状が出現していたとの認定を左右するものではない。

 控訴人は、平成18年3月に大学病院で適応障害や抑うつ状態との診断を受けている。しかしながら、適応障害の診断はその根拠が判然とせず、初診時に確定診断ができなかったために付けられたものと認められる。なお、E医師は、控訴人の行動は適応障害と整合しない旨別件訴訟で証言している。その後抑うつ状態(うつ病の確定診断はできないがうつ状態であることは確かな場合の状態像診断名として用いられることが多い。)と診断されたが、平成18年5月には自ら同病院の受診をやめており、控訴人はうつ病の確定診断を受けてはいない。被控訴人が主張するように、神経心理学的検査結果の中には内因性疾患によっても説明が可能なものが含まれているとしても、高次脳機能障害の診断と矛盾するものではない。

 以上を総合考慮するに、慢性期の脳室拡大や脳萎縮の有無が不明であることを考慮しても、脳外傷と無関係に第2事故後発症した内因性疾患のために高次脳機能障害類似の症状が出現した可能性は低く、当該症状は第1事故の数か月以内には出現し残存したものであって、本件高次脳機能障害と第1事故との間には因果関係が認められるというべきである。

(5)結論

 以上のとおり、①重大な意識障害、②軸索損傷を示す画像所見の存在、③因果関係の存在のいずれの要件も充足しており、控訴人は第1事故により高次脳機能障害を発症したといえる。


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