転籍出向後の転籍元に安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められた裁判例を紹介します。
オタフクソース事件(広島地裁平成12年5月18日判決)
転籍出向によって、転籍元の会社と労働者との労働契約は終了します。したがって、転籍出向後は、転籍元の会社は、当該労働者に対して、当然には、安全配慮義務を負わないと思われます。
しかし、同一グループ会社内の人事異動として、依然として、転籍元の会社が、当該労働者に対して、指揮監督を及ぼしている場合もあります。そのような場合は、転籍元の会社に対して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められる余地があります。
事案の概要
被告A社は、調味料の製造及び販売等を業とする株式会社であり、被告B社は、被告A社と同じく調味料の製造販売等をその目的とする会社であるが、その実質は被告A社の一製造部門であり、取締役の大部分は被告A社の取締役でもあり、従業員も頻繁に流動している。また、被告B社の製品はそのすべてが被告A社に納入されている。
原告の子であるXは、平成5年4月に被告A社に入社し、同年10月1日より被告B社に転籍され、平成7年9月30日まで同社の特注ソース等製造部門でソース、たれ、合せ酢を製造する業務に従事していた。
平成7年当時、Xは被告B社の特注ソース等製造部門において製造作業に従事していた。当時の特注ソース等製造部門は三人体制であり、Xは当初特注ソースを、同年6月からは合せ酢を担当していた。特注ソースの担当は二名であり、合せ酢の担当は一名であったが、それは一応の振り分けであり、特注ソース等製造部門の担当者三名は互いに協力し合って作業に従事していた。
作業時間は日々の受注量に応じて異なっていたが、平均して一日8ないし10時間程度であった。ただし、製造作業終了後にパッケージ業務が控えているため、作業の開始時刻は早く、午前6時から作業を始めることが多く、午前5時から開始しなければならないこともあった。早出作業については、三名がローテーションを組んで回していた。
Xが作業を行っていた本件作業所は、釜を蒸気により加熱をしていたので、外気より5度程度高い温度(夏場では40度前後)となっていたが、平成7年当時、本件作業所には温度計や湿度計は設置されておらず、作業場の温度や湿度について継続的に計測されたことはなかった。作業場には四基の換気扇が設置されていたが、食品衛生管理の点から窓は製造作業中は閉められていることが多かった。本件作業所にはスポットクーラー一基が設置され、二本の蛇腹ホースで送風されていたが、吹出し口の位置について作業員三名で協議し、風によって粉塵等が舞う恐れがあったことから、作業員のいる位置から外していたため作業員にとり冷房効果はほとんどなかった。なお、本件事故後の平成8年9月25日、作業場には10馬力のクーラー六台が設置されている。
また、酢やアルコール等の材料を用いての製造作業であったことから、刺激臭の強い環境でもあった。
平成7年当時、作業場と同じ4階には、クーラーが設置された事務所兼休憩室が設けられており、作業員は作業の合間に自由に休憩室で休息をとることができ、休憩室には冷水器、いわゆるスポーツドリンクが備えられており、作業員はそれらを利用することができた。
Xは、平成7年9月30日、職場である被告B社の工場内で自殺を図り、同僚によって病院に搬送されたが、同日午後1時43分に死亡した。
裁判所の判断
裁判所は、転籍元の会社について、安全配慮義務違反・損害賠償責任を認めました。
被告B社は雇用主として、被告A社はXに対して実質的な指揮命令権を有する者として、Xに対して一般的に安全配慮義務を負っていると解されるが、その具体的内容については次のように解すべきである。すなわち、事業者は、その責務として労働安全衛生法に定める労働災害防止のための最低基準を遵守するだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するための措置を講ずる義務を負っており、その講ずべき具体的措置については、事業者は労働者の心身両面における危険又は健康障害を防止することを目的として同措置を講ずべきことが求められているということができる。
したがって、事業者には労働環境を改善し、あるいは労働者の労働時間、勤務状況等を把握して労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず、労働者が労働に従事することによって受けるであろう心理面又は精神面への影響にも十分配慮し、それに対して適切な措置を講ずべき義務を負っていると解される。それらの措置は事業の規模、種類及び内容、作業態様(単独作業か共同作業か)等により異なるものであるから、諸事情を考慮した上で個別に判断すべきである。
被告らはそれぞれに要求された安全配慮義務を怠った過失により、労働契約上の債務不履行責任(民法415条)及び不法行為責任(同法709条、715条、719条)を負っており、Xが被った損害について損害を賠償する義務がある。