職場におけるシックハウス症候群について、安全配慮義務違反を認めた裁判例を紹介します。
慶応義塾大学事件(東京高裁平成24年10月18日判決)
揮発性有機化合物等の化学物質が存在する職場に勤務する労働者が、シックハウス症候群を発症した事案です。
使用者の安全配慮義務違反が認められました。
事案の概要
Xは、平成14年4月1日、Yとの間で,雇用契約を締結し、Yの国際センターに有期助手として採用され、日本語・日本文化教育センターで勤務していた。国際センター及び言語文化研究所は、平成15年3月、萬来舎と呼ばれる建物から新設された仮設棟Aの1階及び2階に移転した。これに伴い、Xは、同月11日から仮設棟Aの1階101号室で勤務を開始した。B3助手も同室で勤務を開始した。
Xは、仮設棟Aの1階101号室で勤務を開始してから13日後の同月24日から体調不良のため欠勤し始め、同月27日には耳鼻咽喉科医院で急性咽頭・喉頭炎、急性副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎と診断され、同年4月12日以降は出勤できなくなり、平成15年7月12日付けで同月31日限り退職する旨の退職願をYに提出した。
日本語・日本文化教育センターは、国際センターの移転に伴い、同年3月に仮設棟Aに移転したが、移転直後から教職員、学生等で喉や目の痛み等を訴える者が相次いでシックハウス症候群が疑われ、空気清浄機が設置されるなどの措置が採られた後も体調不良を訴える者が相次いだ。その結果、日本語・日本文化教育センターは、同年7月には旧図書館2階大会議室へ、更に同年11月には付近のビル内へ研究室等を移転した。
日本語・日本文化教育センターで勤務する国際センター専任教員8名中7名がシックハウス症候群による中枢神経・自律神経障害、化学物質過敏症等の診断を受け、そのうちB5教授は同年6月6日から長期欠勤して約半年間休職を余儀なくされ、B3助手は同年10月1日から休職して1年以上の長期休職となった。
Xは、平成16年3月、化学物質過敏状態(環境不耐)に伴う中枢性眼球運動障害、自律神経機能障害と診断された。
裁判所の判断
裁判所は、以下のとおり、シックハウス症候群の発症について、安全配慮義務違反を認めました。
Xは、平成15年3月11日から同年4月12日までの間、仮設棟Aの1階101号室で勤務していたところ、同室や女子洗面所等で臭いのほか、目や喉に刺激を感じたことから始まり、次第に喉の違和感、体中のこわばりを覚え、同年3月20日ころから咳、鼻水、喉の痛み、両季胸部痛、体幹、帯状に肋骨辺りから背部にかけての痛み、労作時の指の痛み、左上肢脱力、握力低下、左足関節から末梢の痛みがあり、布団を重く感じ、同年3月27日には急性咽頭・喉頭炎、急性副鼻腔炎と診断されたこと、Xは、同年4月中旬から微熱があり、同月12日ころには強い疲労感、左半身痛、左上肢痛があって、食事をするのも辛くなり、同日以降は出勤できなくなったこと、Xは、このように、強い疲労感、左手足の関節痛、肋骨痛、背中の痛み、微熱等の症状が現れ、その後も全身倦怠感が強まり、集中困難、中枢神経障害、頭痛、発熱等の自覚症状があったが、出勤しなくなって後、同年5月26日ころから解熱し、症状が楽になり、同月31日に同病院内科での診療が終了し、同年9月には微熱、全身倦怠感が消失し、全体的には症状が軽快し、快方に向かっていたこと、これらのXの症状の発現及び消失は、化学物質過敏状態の前記定義に該当するものであること、以上のとおり認められる。X以外の日本語・日本文化教育センターの教職員等にも、同年3月に国際センターの移転に伴い仮設棟Aに移転した直後から、喉や目の痛み等を訴える者が相次ぎ、専任教員8名中7名がシックハウス症候群による中枢神経・自律神経障害、化学物質過敏症等の診断を受け、そのうちB5教授は同年6月6日から長期欠勤して約半年間休職を余儀なくされ、同年3月11日からXと同じ101号室で勤務していたB3助手は、同年10月1日から休職して1年以上の長期休職となったことの事実も認められるのであるから、これらの事実によれば、勤務場所である101号室のほか仮設棟Aの1階に存在していた揮発性有機化合物等の化学物質により、Xに化学物質過敏状態が発症し、同場所での勤務を継続することができなくなったことについて高度の蓋然性が証明されたものということができるのであって、Xが、同年3月11日から同年4月12日までの間、仮設棟Aの1階101号室で勤務していたため、勤務場所である101号室のほか仮設棟Aの1階に存在していた揮発性有機化合物等の化学物質により、Xに化学物質過敏状態が発症し、これに伴う中枢性眼球運動障害、自律神経機能障害が生じた事実を推認することができるというべきである。
Yは、Xに対して仮設棟Aの1階101号室を勤務場所として指定したこと、そこで、Xは、平成15年3月11日から仮設棟Aの1階101号室で勤務を開始したが、同日から同年4月12日までの間、同室を含む仮設棟Aの1階及び2階の全ての場所で総揮発性有機化合物量(TVOC)の暫定指針値400マイクログラム/立方メートルを大幅に超える濃度のTVOCが存在していたため、Xは、勤務場所である101号室のほか仮設棟Aの1階に存在していた揮発性有機化合物等の化学物質により、化学物質過敏状態が発症し、これに伴う中枢性眼球運動障害、自律神経機能障害が生じたため、同場所での勤務を継続することができなくなった。
これによれば、Yは、Xに対して仮設棟Aの1階101号室を勤務場所として指定したのであるから、当該勤務場所及びXが勤務するにあたって通行し、出入りする場所に化学物質過敏状態を発症させるような濃度及び量の揮発性有機化合物等の化学物質が存在しないように配慮すべき義務を負うにもかかわらず、この義務に違反し、その結果、Xに化学物質過敏状態が発症し、これに伴う中枢性眼球運動障害、自律神経機能障害が生じたものというべきである。