労働者が兼業を行っている場合の過労自殺についての労災認定に関する裁判例を紹介します。

東京地裁平成24年1月19日判決

 兼業を行っていた労働者が過労自殺した事案で,業務起因性が問題になった裁判例です。

 A社の業務について業務起因性が認められ,労災と認定されましたが,給付基礎日額がA社の給料のみに基づいて算定されたことから,B社の給料も含めて算定すべきと被災労働者側が主張した事案です。そのため,B社の業務について業務起因性の有無が争点となりました。

事案の概要

 Xは,平成13年11月にA社に入社し,平成16年2月,自己都合退職により退職したが,同年7月に再びA社に入社し,実質的には編集者として勤務していた。

 Xは,平成16年9月,B社の入社試験に合格し,同月からB社に勤務する予定でA社に退職を申し出たが,認められなかったため,同年10月から,いわゆるアルバイトに職種を変更して引き続きA社に勤務し,B社にも勤務することとなった。

 本件災害発生前のXの1月あたりの労働時間は,次のとおりである。

 (1)平成16年7月:219時間25分

 (2)平成16年8月:212時間14分

 (3)平成16年9月:245時間

 (4)平成16年10月:307時間40分

 Xの平成16年10月の勤務は,同月1日~28日の間であり,勤務形態は,午前9時30分~午後0時の間A社,午後2時~作業終了の間B社,その後A社に再出社して作業終了まで勤務するというものであった。307時間40分の内訳は,A社勤務時間が104時間2分,B社勤務時間が154時間,A社再勤務時間が49時間38分で,法定労働時間を約140時間超過していた。同月12日以降延べ14日間の勤務時間は,泊まり込みを含めて深夜遅くまで及ぶものであり,特に睡眠を含めた自分自身の時間が9時間以下となる長時間労働が1週間連続した。

 平成16年10月10日,広告主の広告記事で,誤った記載をしたまま製本するというミスが発生した。上記ミスに広告主は激怒し,話合いの席でXを激しい口調で詰問し,Xは,広告主の非難の矢面に立たされた。

 Xは,B社に就職が決まり,A社を退職したいと考えていたが,A社代表者のLはこれを認めず,XはやむなくA社との労働契約をアルバイトに切り替え,午前中は被告会社に,午後はB社に,夜に再びA社で勤務することとなった。Xは,兼業の事実をA社及びB社に隠していた。

 その後Lは,Xの兼業を知り,平成16年10月28日,Xは,Lと話し合うことになった。話合いはLの叱責を伴うもので4時間に及び,Xは,話合いの最中に泣き出し,話合い終了後もずっと泣いていた。

 Xは,平成16年10月上旬ころ,うつ病の発症の兆しが現れ,同月下旬ころ,希死念慮等の症状が極めて急激に悪化し,行為選択能力が著しく阻害された病的心理の中で,同月29日,静岡県藤枝市内の実家で縊死した。

裁判所の判断

 労働災害について,労働基準法8章の各規定は,企業体の営利活動に内在する危険に着目して,その危険が現実化して当該企業体の労働者に労働災害が生じた場合は,業務起因性があるとして無過失責任を課し,当該企業体に対し,その平均賃金を基礎として定率的に定める補償額を補償する義務を課している。

 労災保険法は,被災労働者に対する労働基準法に定める使用者の補償義務の履行を十全にするために創設された政府管掌の公的保険制度であり,労働者を使用する事業主に加入を強制して保険料を徴収し,被災労働者及びその遺族に対して,政府が直接保険給付を行うことにより,労働災害に業務起因性を有する業務を行う使用者の無資力の危険を回避するという基本構造を有する制度である。

  本件は,労災保険法8条1項の給付基礎日額の算定方法が問題となっているが,上述のとおり,補償額は,当該労働災害に対して業務起因性のある業務を行った企業体での労働基準法12条所定の平均賃金を基礎として計算されるのが理の当然である。そして,本件各決定は,本件災害は,A社の業務に内在する危険が現実化して生じた災害であるとの判断から,XのA社での平均賃金を基礎にして給付基礎日額を計算したのである。そうすると,B社の業務が危険を内在し,本件災害がその現実化であると評価できれば,当然,給付基礎日額を算定するのに,A社の平均賃金にB社の平均賃金を合算して算定することになる。

 B社の業務に内在する危険として指摘する余地のある事情は,Xは,平成16年10月からA社の他にB社での業務を兼業することとなったこと,同月の勤務時間は,A社とB社での勤務時間を合算すると,307時間40分(内訳は,A社勤務時間が153時間40分,B社勤務時間が154時間)であったこと、同月12日以降延べ14日間の勤務時間は,泊まり込みを含めて深夜遅くまで及ぶものであり,特に睡眠を含めた自分自身の時間が9時間以下となる長時間労働が1週間連続したことである。確かに,この兼業を始めて1か月の被災者の労働の状況は,A社とB社での勤務時間を合算すれば,相当程度の長時間の労働であり,一定範囲で負荷の生じ得る勤務であったとの評価は可能であるが,この事情自体が,本件災害の原因である精神的疾患に罹患させるだけの心理的負荷であると言い得るかは,はなはだ疑問であるし,B社での勤務時間が,1か月で154時間であることからすれば,B社の業務に内在する危険であると評価することは困難である。

 かえって,前記認定事実のとおり,Xは,B社に対して兼業の事実を秘匿していたこと,Xは,A社での業務を辞職してB社での勤務を自ら望んでおり,A社を退職することが果たせなくなった段階で,自らが選択して,A社とB社との兼業を始めたことという各事情は,B社の業務の内在する危険が存することを否定するものであるといわなければならない。

 そうすると,B社には,本件災害を生じさせるだけの危険が内在していたと認めることはできない。