休憩時間中の災害が労災と認められるか?を判断した裁判例を紹介します。
神戸地裁昭和58年12月19日判決
休憩時間中に災害が発生した事案です。労災と認められるか?が問題になった事案です。
以下の「就業時間外の災害と労災」も参照
事案の概要
原告の妻Xは、昭和44年ころから兵庫県内のホテルに雇用され、客室係として勤務していたところ、同53年5月22日午前0時すぎころ、会社のホテル建物5階パントリー内に設置されている料理等運搬用リフトの搬出入口からリフトの通行孔内へ転落し,同建物1階部分に止められていたリフトの籠(搬器)の上に落下し、同日午前4時10分ころ、本件事故による全身打撲を原因とする外傷性ショックにより死亡した。
Xは、昭和53年5月21日午後6時ころからホテル4階広間で行われた宴会に客室係として従事した。これに従事した客室係は、Xのほか、A、Bほか一名の計4名であり、Aがその責任者であった。また、この宴会には、客室係の手伝をするアルバイトの者が数名いたほか、客の注文により、宴席で客に酒の酌をする役割のやとな20名が同席した。
Xは、日頃から酒を好み、宴会を担当したときは客と一緒になって飲酒することが多かったが、この宴会においても相当に飲酒し、特に午後8時ころからは数人の客の前に座り込んで飲酒していた。そのため、宴会は午後8時半ころから一部の客が席を立ち始めたが、Xはそのころにはろれつがまわらないほど酩酊しており、宴会の後片づけ等をする他の客室係の足手まといになる状態であった。そこでAは、Xを休ませた方がよいと判断し、Bと二人でXをエレベーターに乗せてXの控室のある5階パントリーに連れて行つたが、エレベーターが同室内の乗降口に着くと、Xは一人で同室内に降りて行った。
宴会は午後9時ころまでには終了し、その後X以外の3名の客室係は、宴会で使用された食器類の後片づけや掃除等の後始末をし、さらに翌日の朝食の準備をして当日の職務を終えた。そして、AとBは、その後入浴及び帰り支度をすませ、午後10時38分出勤表にタイムレコードを押して退勤した。
両名が退勤の直前、Xの様子を見るため五階パントリーに立ち寄ったところ、Xは同室と接続しているリネン室内の畳敷の部分にうつ伏せになって眠っていたが、Aらは、以前に同じように宴席で、飲酒、酩酊して眠り込んだXを起こそうとしてうるさくからまれたことがあったことや、それまでにもXが同所で眠り込んだまま泊まってしまうことが何度かあったことから、Xをそのままにして退勤した。
その後翌日の同月22日午前0時すぎころ、本件事故が発生し、Xはホテル1階と地階の間のリフト通行孔内に止まっていたリフトの籠の上で負傷しているところを発見されたが,その間のXの行動は不明である。
原告は、Xの死亡が業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づく遺族補償一時金の請求をしたところ、被告は、同54年7月30日付でXの死亡は業務に起因するものとは認められないとして、原告に対し、一時金を支給しない旨の決定処分をした。
裁判所の判断
裁判所は、会社の支配下にあったとして、業務遂行性は肯定しました。しかし、業務起因性はないとして、労災と認定しませんでした。
Xは本件事故前夜午後9時ころから本件事故直前までホテル5階パントリーに接続するリネン室内の畳敷の部分で眠っていたところ、本件事故直前に目を覚まし、同室内からパントリー壁面のリフト搬出入口まで行き、その扉を開けて通行孔内に身を乗り出すようにし、その結果、本件事故が発生したものであることが推認できる。
しかし、Xがこのような行為をすべき業務上の事由が存在又は発生した事実はなく、本件事故当時、Xがこのような行為をした目的、理由は不明であるといわざるを得ない。
業務上の事由による死亡といいうるためには、労働者が業務を遂行中に(業務遂行性)、業務に起因して発生した(業務起因性)災害により、死亡した場合であることを要するものと解すべきである。
そして、ここに業務遂行性とは、具体的な業務行為を行っている場合をその典型とするが、必ずしもこれに限られず、業務行為に付随する行為(具体的業務行為に伴う必要行為、合理的行為。準備又は後始末行為)を行っている場合もこれに含まれ、さらには休憩時間中等のように具体的には業務に従事していない場合も含まれるのであり、要は、労働者が労働関係上、現に事業主の支配下にあることを指す。
また、業務起因性とは、経験則上その災害が業務遂行に伴う危険の現実化したものと認められることをいい、換言すれば、業務遂行と災害との間に相当因果関係があることを指す。
業務遂行性が認められる場合においても、具体的な業務行為に従事中に発生した災害のような場合には、事実上業務起因性が推定され、特別の事情のない限り業務上の災害と認められるが、例えば、休憩時間中に発生した災害のような場合には、そこに私的行為等業務と関係のない事由が介在する余地が大きいから、業務起因性は推定されず、事業場施設の瑕疵が共働原因になっているとか、特に業務遂行と相当因果関係のある災害であることが認められない限り、業務上の災害とは認められないものと解するのが相当である。
Xが本件事故当時、具体的な業務行為又はそれに付随する行為に従事中であったものとは認められないが、Xは退勤しないまま会社施設内にいたのであり、本件事故は通常のXの退勤時間から一時間半ほど後に発生したのであるから、会社としては、当時なおXを指揮監督する余地があり、その意味において、Xは当時なお労働関係上現に会社の支配下にあったものというべきである。
本件事故当時、Xがリフト搬出入口から転落するに至るような行為をすべき業務上の事由が存在又は発生した事実がないことは上記のとおりであり、また、本件事故との関係において、会社の労務管理上の瑕疵あるいはリフト搬出入口等会社の施設の瑕疵があることも認められないから、結局、Xが会社の支配下にあつたことと本件事故との間には相当因果関係を認めることはできないものというべきである。
本件事故によるXの死亡は、業務上の事由によるものとは認められないというべきである。